ワリコミ! 幻奏喫茶アンシャンテ クリスマスSS&イラスト

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※ 本文中に共通ルートのネタバレがございます! ご注意ください ※





――クリスマス・イブ。

12月24日。
時刻は23時を少し回ったところ。

多くの人々が聖夜前に賑わう中、
夜の帳を淡い灯りのみが照らす、
静かな喫茶アンシャンテの店内では......。

ミシェル & カヌス & イグニス
「..................」

白い包みを担ぎ、由緒正しい
赤と白のサンタ服を身にまとった三つの影が、
2階へと続く階段を睨みつけていた。

カヌス
「......二人とも、覚悟は出来ているか。
 一歩踏み出したが最後、あとには退けぬぞ」

イグニス
「おうよ。今回の件、
 元を辿ればウチのアホ虎のせいだしな......
 オレが手を貸さねえワケにもいかねえだろ」

ミシェル
「こっちも準備オッケー。
 イルの笑顔のためにも、
 張り切っていこうじゃないの」

真剣な面持ちの三人の視線の先。
アンシャンテの2階には、
至る所に法術による罠の気配が漂っている。

しかし......
三世界最強のサンタクロースたちは
それに怯むこともなく不敵な笑みを浮かべる。

ミシェル
「さて、それじゃあ始めようか。
 イルへ希望を届けるためのプレゼント大作戦!
 【魔王的サンタクロース】、とくとご覧あれ......!!」

――――。

――――それは。

なんというか、希望より
むしろ絶望を運んできそうだ。

轟音と光の奔流がさく裂する中、
後方に残ったメンバーたちは
そんなことを考えていた――。



* * *



時は戻って、午前中のメディオでのこと。

ティターニア
「うむ......うむ......!
 絶品じゃのう......!
 これがかの【くりすますけーき】......!
 いつも食べているケーキとは、
 また別の味わいと、華やかさがあるではないか」

ヴェンニーア
「......陛下。
 お喜びになるのは結構ですが、
 あまり食べすぎないようにしてください」

狩也
「というか......
 ヴェンニーアも食べたら? ケーキ。
 せっかくの【クリスマスお茶会】なんだし」

ヴェンニーア
「............」

ティターニア
「狩也の言うとおりじゃ。【くりすます】は――
 そう、年に一度の祝い事というではないか。
 硬いことを言うでない」

ヴェンニーア
「............はぁ」

琴音
「あはは。心なしかいつもよりはしゃいでるね、
 ティターニア」

ティターニア
「ほほ、当然じゃ。
 仮初とはいえ、人間界の行事を体験できたのは僥倖。
 何から何まで、礼を言うても足らぬほどじゃ。
 感謝しているぞ、琴音」

琴音
「こちらこそお招きありがとう。
 私もティターニアたちと
 クリスマスをお祝いしたかったから、嬉しいよ」

ヴェンニーア
「では一応、僕からも。
 ......ツリーとやらの再現と言いつつ、
 奇天烈な飾りを陛下の周りに目障りなほど付けて頂き、
 本当に、心から、ありがとうございます」

狩也
「......それ、お礼じゃなくない......?
 心配しなくても明日になったらちゃんと回収するから」

ティターニア
「ふふ、儂はこのままでも構わぬのじゃがな。
 ところで――
 カヌスから聞いたが、
 明日のクリスマス当日では、
 アンシャンテでも宴をするのじゃろう?」

琴音
「うん。
 例年はミシェルの誕生日と同じように、
 お茶会で済ませてたみたいなんだけど......」

狩也
「今年はおれや琴音がアンシャンテに来て
 初めてのクリスマスだから
 パーティーにしようって、皆が提案してくれたんだ」

琴音
「新しいお客さんの、
 ドローミくんや御門さんも招待してるんだ」

ティターニア
「ふふ、そうかそうか。
 それは実に賑やかな宴になりそうじゃ。
 後日また訪れたときには、
 その様子をぜひ聞かせておくれ」

もちろん、と私は笑った。




* * *




そして数時間後。
ゲートからアンシャンテに戻った私たちを、
常連の皆が出迎えてくれた。

ミシェル
「あ、琴音に狩也。おかえり~。
 女王さまたちとのお茶会、楽しかった?」

琴音
「うん、すっごく!
 ティターニアたちも喜んでくれたよ」

狩也
「ヴェンニーアはいつも通りだったけどね」

ミシェル
「あっはっは。
 彼は皮肉屋だからしょうがないね」

琴音
「あ......パーティーの準備は大丈夫?
 お言葉に甘えて、全部任せちゃったけど――」

ミシェル
「ああ、ばーっちり。
 むしろ順調すぎるかも?
 この分なら、飾り付けも夕方には終わっちゃうね」

カヌス
「料理用の材料も問題ない。
 貴女がリストを作ってくれたおかげで、
 買い出しに困ることもなかった」

琴音
「そっか。
 うーん......?
 それ以外に何か手伝えることは......」

イグニス
「いいから、
 今日はオレたちに任せて休んでおけって。
 どうせ明日はお前の独壇場なんだしよ」

凛堂
「そうそう。クリスマス当日は、
 料理のほとんどを君に任せちゃうわけだし......
 ここはおじさんたちにお任せあれってね」

コロロ
「きゅー!」

琴音
「......ふふ、わかりました。
 なら、皆の言葉に甘えます」

出かける前より賑やかになった
店内をぐるりと見渡せば――。

ふと目に止まったカウンター席に、
今朝は姿が見えなかったイルの後ろ姿が。

イル
「........................」

どうやら彼は何かに夢中になっているようで、
私たちの帰宅に未だ気づいていないようだ。

彼がカウンターで何をしているのか、
狩也くんと一緒に近づいてみれば――。

イル
「......♪ ......おや?
 おかえりなさい、琴音」

琴音
「ただいま、イル。それは......手紙?」

イル
「ええ、その通りです。
 気持ちを文字に起こす作業というのは、
 何度やっても難しいですね」

狩也
「......? 手紙って、誰宛ての?
 イルって人間界の知り合いに、
 そんな相手いたっけ......?」

イル
「それは無論――サンタクロース宛のです。
 去年もらったプレゼントのお礼と所感を
 したためようかと思いまして」

狩也
「ふーん? サンタ宛ね」

琴音
「ああー、サンタさん宛かあ」

............。

..................。

琴音&狩也
「「........................え?」」

私も狩也くんも一度は頷いてみたものの、
すぐにその違和感から、
ばっと他の常連さんたちへ顔を向ける。

ミシェル & カヌス
「「..................」」

イグニス & 凛堂
「「..................」」

けれど。

その誰もが明後日の方向を向いたり、
気まずそうに目をそらしていて――。

イル
「ふふふ......♪
 今年も喜んで貰えるでしょうか」

............。

............これは、もしかして。

とある可能性を考えた矢先、
ゲートのある部屋の扉から――。

ドローミ
「――ちわーッス!!
 【ぱーてぃー】は明日ッスけど、舎弟ドローミ、
 イグニスのアニキのお手伝いに来ました~!!」

イグニス
「おー。いらねえ、帰れ」

ドローミ
「来店5秒で扱いが雑ゥ!?」

今日も元気なドローミくんが来店。
イグニスの言葉にショックを受けつつも、
立ち直るのも早いようで。

ドローミ
「って言われても~......
 今日から明日にかけて、
 ベスティアに戻ってもやることなーんもなくって、
 超・絶! 暇なんスよ~!!
 なんでもするんで、ここで時間潰させてほしいッス」

イグニス
「......どうすっか。裏庭の雑草でも掃除させるか?」

カヌス
「む。
 すまぬ、それはもう我が終えてしまった。
 朝から皆動いていたからな......
 特にやるべきことはないと思うが――」

凛堂
「そうだね。厨房関連も特に無いし......」

イグニス
「あー......つかそれ以前に、
 店内をまるで把握してねえこいつを、
 うろちょろさせんのが問題か」

ドローミ
「んじゃー隅っこで大人しくしてるんで!
 あ、もちろんちゃんと【売上】には貢献するッス!
 アイス珈琲とか頼むッス!」

ミシェル
「こほん――お客様。
 お代は【魂】での支払いになりますが、よろしいですか?」

ドローミ
「よろしくないッスね!?」

ぎゃあぎゃあとより騒がしくなった店内に、
私は苦笑い。

琴音
「あはは......じゃあ私がアイス珈琲入れてくるよ。
 ちょうど手が空いてるし」

ドローミ
「やった! じゃあお願いするッス、店主さん!
 ――ち、ちなみに念の為にお尋ねするッスけど、
 お支払いは【魂】じゃないッスよね......?」

琴音
「もちろん。うちにそんな物騒な
 お支払いシステムは導入してません」

ほっ、とドローミくんはわかりやすく息をはいた。

狩也
「琴音、厨房に行くならおれも一緒に行く。
 お茶会で使ったカップとか洗おうと思ってたし」

凛堂
「ああ、それなら僕も手伝うよ。
 妖精たちの分を含めると結構な量だろう?」

狩也
「助かる。ありがとう、凛堂さん」

琴音
「じゃあドローミくん、
 カウンターで少し待っててくれる?」

ドローミ
「うッス! 急いでないんで、
 ゆっくり用意してもらって大丈夫ッスよ!」

軽快な返事をしてから、
ドローミくんは自然とイルの隣の席へとついた。

ミシェル
「それじゃ、
 俺たちもパーティーの準備に戻ろうか。
 といっても残りの作業もあと少し......って、あ」

カヌス
「どうした? ミシェル」

ミシェル
「ん~、いや。
 ちょうど紙テープが切れちゃったの思い出して。
 倉庫にまだ予備って残ってたっけ......?」

カヌス
「......む、どうだったか......」

イグニス
「1本ぐらいなら残ってんじゃねえの。
 オレらも探すの手伝ってやろうか」

ミシェル
「そうしてくれると助かるかなー。
 さっき倉庫に入ったとき微妙に薄暗かったから、
 探すのちょっと大変かもしれないし」

カヌス
「照明が切れかけているのかもしれんな。
 後で我が取り替えておこう」

そして各々が自分の作業へと戻っていく。
先程のイルとの会話が、
途中だったということを
すっかり忘れた状態のまま――。




* * *




イルとドローミ。
そしてテーブルの上で寝息を立てるコロロ。

カチカチと時計の針が進む中、
しばし沈黙が続いていたのだが――。

ドローミ
「............」

イル
「............」

珈琲の到着を退屈そうに待っている隣のドローミの姿を見て、
イルが何かを思いついたように、ぽんと手を打った。

イル
「――ドローミッス。
 明日までやることがないというのであれば、
 今日はアンシャンテに泊まっていっては?」

ドローミ
「......へ? 泊まるって......
 急なお誘いッスね。なんでまた......?」

イル
「ふふ、ドローミッスは
 人間界に出入りするようになってから
 初めてのクリスマスでしょう?
 であれば......サンタクロースが、
 あなたにもプレゼントをくれるかもしれませんよ?」

ドローミ
「......えーっと......?」

イル
「ああ、なるほど。
 サンタクロース自体が分かりませんか。
 いいでしょう、簡単に説明して差し上げます。
 諸説あるのですが――......」

唐突な提案からサンタのことを語るイルに、
ドローミは少しポカンとしつつも、
その話の続きを聞いた。

数分後。

イル
「......――というわけで。
 彼はクリスマスにプレゼントを配っているのです。
 その選考基準は理解しきれていないのですが、
 アンシャンテの中では、
 私のみが彼からプレゼントを貰うことができるようなのです」

ドローミ
「......へー」

満足げに語り終えたイル。
ドローミもまた初めて聞く話に驚きつつ、
しかし首を捻るようにして――。

ドローミ
「......でもそれ、ホントッスか~?
 人間界っておとぎ話みたいなの、いっぱいあるじゃないッスか?
 サンタクロースってやつも、それ系の作り話じゃないんスか?」

イル
「私も最初のクリスマスでは、そう認識していました。
 ですが現にサンタクロースからのプレゼントは、
 毎年寝ている間に、枕元にしっかり届いていますので――」

誇らしげに言うイルに、ドローミは。

ドローミ
「――ん......?
 いや......普通に考えてそれ、
 ここの前の店主さんやアニキたちが、
 イルさんが寝てる間に置いてただけじゃないスか......?」

一切の悪気なく、しかしあっさりと言いのけた。

イル
「..............................え?」

ドローミの言葉に、
カウンター上のペンを落とした――イル。

その異変に全く気が付かず、ドローミは質問を続ける。

ドローミ
「ちなみにイルさんは、
 そのサンタってヤツの姿。
 見たコトあるんスか?」

イル
「......? い、いえ、ありませんが。
 サンタクロースは姿を見られるのを嫌う――と。
 そう、草庵や皆から聞いていましたので......」

ドローミ
「――うーん......だとすると?
 正体が自分たちだって気づかれないために、
 全員がグルになってるってコトッスかねぇ......」

イル
「............!」

ドローミの他意のない予想に、イルが明らかな動揺を見せた。

イル
「そ、そんなことは......ありません。
 サンタクロースは実在しますよ?」

ドローミ
「......えー?
 だってじゃあなんで、
 イルさんにしかプレゼントが届かないんスか?」

イル
「それは......
 先程述べた通り、
 選考基準を満たしているのは、私だけだと――」

ドローミ
「それは、誰からの情報ッスか?」

イル
「......う......。
 ......そ、草庵や......ミシェルたちですが......」

ドローミ
「全部が全部、他人伝じゃないッスか。
 それじゃ今ひとつ、
 信憑性にかけるっていうか――」

イル
「......信憑性......――はっ!
 そ、そうです、物証がありました。
 私は毎年彼と、
 手紙のやり取りをしていましたから――」

ドローミ
「ん~......?
 それも証拠としちゃイマイチッスね。
 サンタになりすましてりゃ、
 誰にだってできるコトッスし......」

イル
「............!」

イルが完全に声を詰まらせたのを見て、
今までの話を自分なりに整理したらしいドローミは。

ドローミ
「......うん。
 やっぱサンタクロースとかいうやつ、
 作り話じゃないッスかね?」

あくまでも悪気ない様子で、そう結論づけた。




* * *




琴音
「――おまたせ~、ドローミくん。
 おまけでアイスクリームもつけたから、
 よかったら一緒に――」

食べて、と。厨房から出た私が
カウンターで待っているだろう
彼の元へと向かおうとしたとき。

イル
「ち、違います! そんなことは......!」

滅多に聞くことのない――
どこか切実なイルの声が、響いてきた。

琴音
「......?」

凛堂
「どうしたんだい、琴音ちゃん?」

狩也
「今の......イルの声?」

ミシェル
「なになに、何事?」

カヌス
「ずいぶんと騒がしいが......」

イグニス
「何だよ、トラブルか?」

イルの声はよく通るのだろう。
厨房にいた狩也くんを始めとして、
あちこちへ散っていた常連の皆が続々と店内に現れる。

その声の主――イルを見れば。

彼はなぜかカウンターから立ち上がり、
ドローミくんへと身振り手振りで何かを必死に訴えていて――。

イル
「さ、サンタクロースは、
 架空の者などではなく実在します!
 草庵たちは嘘などついていません......!!」

琴音 & 狩也 & 凛堂
「「「............!」」」

ミシェル & カヌス & イグニス
「「「............!」」」

私たち全員が、イルのその言葉により――。

彼とドローミくんの間に
何が起きたのかを察し、青褪めて絶句した。

......あ、ああ......!
そういえばさっき、
イルとサンタ関連の話をしてたの、すっかり忘れてた......!

しかもあのときの言動から察するに、おそらく彼は――。

ドローミ
「あ、あの~、イ、イルさん?
 あくまでオレがそうかな~って思っただけッスし、
 そんな必死になられても......その......聞いてます?」

聞いてない、
と即答する代わりに、イルは頭を振った。そして。

イル
「......いいでしょう。
 ドローミッスが、どうしても信じられないというのなら――
 私が今夜、訪れるサンタクロースを捕縛し。
 彼の姿をあなたに見せることで、
 存在を証明してみせましょう......!」

高らかに、よく響く声で宣言したのだった――。




* * *

............30分後。

イルを店内に残し、
アンシャンテの外にて開催された緊急会議では。

イグニス
「うちの救いようのねえアホ虎が、マジで悪かった」

ドローミ
「も、もうひわけはいっふ......(も、申し訳ないッス......)」

イグニスの拳により、顔面の面積が
2倍に膨れ上がったドローミくんが
深々と頭を下げていた。

凛堂
「君ってやつは......
 地雷を踏み抜いていくなあ」

カヌス
「間の悪さは一級品だな......」

コロロ
「ぎゅあ!!!」

ドローミ
「あヴ......ごべんばばいず......(あう......ごめんなさいッス......)」

ミシェル
「......まあ、言っちゃったことは取り消せないし?
 とりあえず怒るよりも先に、
 イルへどうフォローを入れるかを、考えよっか......?」

琴音
「そ、そうだね......
 イル、かなりサンタに
 思い入れがあるみたいだし」

あの後、
改めて常連の皆から話を聞いたところ――
やはりイルは【サンタ】の存在を信じているらしい。

ミシェルとカヌスいわく。
その切欠は先代マスター――。

つまり、私のおじいちゃん......だそうだ。




* * *




......昔。
人間界に移り住んだイルが初めて迎えた、クリスマス。

イルも当初はサンタについて、
ネットなどの情報から
言い伝えのようなものだと思い、
信じてはいなかったらしい。

しかしそれでは
初めてのクリスマスが味気ないだろう......
ということで。

おじいちゃんはサプライズのつもりで、
イルが寝ている間にこっそり――。

草庵
「【人間界に越してきた記念に。
  子供じゃないが――
  特別に、君へクリスマスプレゼントを贈ろう】」

気分だけでもと、
サンタになりきった手紙を書いて
プレゼントと共に贈ったそうだ。

そして翌日、
届いたプレゼントと手紙を見てイルは大喜び。

イル
「サンタクロースは実在したのですね......!!
 来年は存在を否定してしまったことへの謝罪と、
 お礼の手紙を書かなければ......!」

草庵
「......ん......お、おう?
 まー、いいんじゃねえか。
 サンタもきっと喜ぶと思うぞ」

無垢な瞳を輝かせ、
完全にサンタを信じ切ってしまった彼。

となると、当然ながら――。




* * *




琴音
「間違っても、嘘だとは言えないね......?」

ミシェル
「......でしょ?」

ドローミくんを除いた全員が、
うんうんと深くうなずきながら同意した。

カヌス
「無論今年も亡き草庵殿に代わり、
 我らがイルへのプレゼントを用意していたのだが......」

イグニス
「それを見事に、この空気を読まねえ
 アホ虎が台無しにしたっつーワケだ」

ドローミ
「う、うぅ......!
 すみませんッス~......!
 オレとしては結構引っかかるとこがあったから、
 疑問を口にしただけのつもりだったんスけど......」

狩也
「まあ、ドローミはともかく。
 なんていうか......
 デリケートな問題だよね、こういうの」

凛堂
「......そうだね。とはいっても僕の場合、
 子供の頃に自力で気づいちゃったから、
 いまいちピンと来ないけど――」

ミシェル
「............?
 ――ああ、そっか。
 よく考えたら凛堂にも【幼少期】ってあったんだね?」

イグニス
「......! 言われてみりゃそうだな......!?」

カヌス
「......! 確かに......!
 驚愕の事実を知った気分だ......」

凛堂
「......君たちたま~に
 僕をナチュラルに人外として扱うよね?
 おじさん、由緒正しき人間ですからね?」

琴音
「それで......
 結局今年はどうしたらいいんだろう?
 イル、サンタを捕まえるって張り切ってたけど――」

ミシェル
「う~~~ん......
 まあそりゃベストなのは、
 どうにか正体を隠したまま、
 いつも通りにプレゼントを届ける――......なのかなぁ」

ドローミ
「皆さんの言い分も分かるッスけど......
 いっそこの機会にサンタを
 卒業させちゃえばいい話じゃないッスか?」

狩也
「元凶のお前が、あっさり開き直るなよ......!」

イグニス
「......いや。
 ドローミの言うことにも、一理ある。
 いつまでもこんなこと続けられねえし、
 オレもそろそろ知らせるべきだとは思ってた」

ミシェル
「............」

イグニス
「......けどよ。ろくな心構えもさせねえで、
 いきなり荒療治で現実突きつけんのは――
 やっぱ、違えだろ」

カヌス
「ああ、我もイグニスと同意見だ。それに......」

琴音
「それに?」

カヌス
「実は......
 イルはプレゼントよりも、
 サンタとの文のやり取りを楽しんでいるようでな」

ミシェル
「うん。もらった手紙も全部、
 大事にファイリングして
 保管してるみたいなんだよね......」

琴音
「......あ、そっか。
 だからあんなに必死だったんだね」

凛堂
「年に一度とはいえ、
 ずっと手紙のやり取りをしていた相手が、
 元から存在しなかった――......
 っていうのは流石に、ちょっとね」

狩也
「......サンタ関係なくても、ショックやばそう......」

コロロ
「きゅーん......」

琴音
「そう......だね。
 これからのことはまた、
 考えなきゃいけないとは思うけど――」

琴音
「何よりも私......
 せっかくのクリスマスに、
 イルに悲しい思いをさせたくないかな」

ミシェル
「――うんうん。
 それじゃ多数決に乗っ取って、
 今年もちゃんとイルに、
 プレゼントを送るってことでいいかな?」

琴音
「もちろん私は異論ないよ。
 ただ――その......」

それには、とある問題があるような。

一同
「..................」

全員で、
一斉にアンシャンテを見上げる。

イルがサンタを捕獲するための、
法術の準備をしているのか――。
窓からは、何やら神々しい光や音が......。

カヌス
「............。
 間違いなく......
 侵入は命がけになるだろうな」

私たちはゴクリ、と息を呑んだ――。




* * *




......22時。
場所はアンシャンテから離れ、新宿某所。
GPM本部の出入り口には、二つの影があった。

御門
「――やれやれ。
 聖夜前日だというのに、
 凛堂は今日も今日とてアンシャンテかぁ」

御門
「羨ましくもあり、
 食事に誘おうとした身としては残念でもあり。
 なかなかに複雑な心境だよ。
 ――......ね、くーちゃん?」

御門
「まあ、明日のパーティーには
 僕らも招待されてるから、
 そのときにゆっくり話せばいいか」

御門の助手
「............」

御門
「それで、一応確認するけど?
 助手くん、君はパーティに参加――......」

御門の助手
「――拒否する。
 無意味な催しに参加する意思はない」

御門
「だと思った。
 それにしても一刀両断とか......
 そんなにひねくれてちゃ、
 サンタさんが来てくれないよ?」

御門の助手
「............」

御門
「――おっと、誤解がないように言っておくけど。
 僕もサンタの実在については
 正しく認識しているとも」

御門
「ただ......
 君がせっかくのクリスマスを、
 つまらなさそ~に過ごしているから、
 上司としてちょっと心配したのさ」

御門の助手
「..................」

御門
「――さて。
 帰りはタクシーを拾うし、見送りはいいよ。
 僕もこれからロマンチックなイブを、
 くーちゃんと二人きりで過ごすからさ」

御門の助手
「..................了解した。めりーくりすます」

御門
「............」

御門の助手
「............? なぜ驚愕している?
 今朝方、今日・明日のみ有効な、
 特別な挨拶だ――と。
 お前が言っていたと記憶しているが」

御門
「あはは......ああ、ううん、いやごめん。
 ちょっと似合わなくてさ。
 ははは、でもそうだね。
 メリークリスマスだ、助手くん」

御門の助手
「............?」

御門
「ふふふ......
 凛堂も今頃、あのアンシャンテで――
 面白おかしく過ごしているのかな?」




* * *




――御門さんが、
そうつぶやいているとは誰も知らず。

冒頭の時刻になった夜のアンシャンテは。
未成年の狩也くんがやむなく帰宅したのち――。

イグニス
「――ミシェル!!
 右から、拘束用の鎖10本!!」

カヌス
「左も......!?
 いや、フェイクだ!
 後ろに別の気配がある......!!」

ミシェル
「オーライオーライ......!
 余裕で捌いちゃいますとも――!!」

イルの張ったサンタ捕獲用の結界

VS

その先への侵入を試みる、
三世界最強の人外サンタたち――。

――の、戦いは。

ド派手な轟音と光をまき散らし、
けれど不思議なことに
お店には一切の被害を出さず、
一進一退の攻防を見せていた。

サンタたち――
もとい、ミシェルたちは
徐々に階段を上ってはいるものの。

1歩1歩に多彩な罠が仕掛けてあるのか、
思うように距離を詰めることが出来ずにいた。

隙あらば迫ってくる、捕縛用の光の鎖を
避けたり素手で叩き落とすのに精一杯のようだ。

――ちなみに。
屋上や窓といった店外からの侵入は、
ご丁寧に店内からの侵入の100倍並みの難易度らしい......

琴音
「......イルのサンタ捕獲の執念。恐るべし......」

私と凛堂さん、
それにドローミくんはそんな激戦模様を、
安全なアンシャンテの入口側で見守っていた。

凛堂
「ターゲットであるイルは、
 やっぱり寝てるのかな?
 結構エグい音が響いてるけど......」

琴音
「は、はい。そこは大丈夫かと。
 おじいちゃん、
 イルには【サンタはちゃんと寝ないと来てくれない】って
 言い聞かせてたみたいなんで......
 よほどのことがないと起きないと思います」

凛堂
「そっか。
 まあ、この激戦が【よほど】に入らない辺りは
 流石はラスボス勢としか言えないけど......
 とにかく、その点はクリア――ってことだね」

ドローミ
「ひええ......!
 相変わらず、ここの常連さんたちは
 アニキほどとは言わずとも超やべーッスね......
 ミシェルさんとか、【サンタ】じゃないッスよ。
 あれもう【サタン】ッスよ......!!」

凛堂
「お。うまいこと言うねえ」

琴音
「は、ははは......」

怒涛の人外バトルを横目に、
私たちがそんな実況を続けていると――
ひと際強烈な光が、店内を一瞬満たした。

琴音
「............!」

と、同時に最強サンタ三人衆が
とてもクリスマスとは思えない形相で、
階段下へと退避して来る。

琴音
「さ、三人とも、大丈夫......!?」

ミシェル
「大丈夫~......!
 と言いたいトコだけど......
 い、今のはヒヤッとしたなぁ~......!?」

イグニス
「あいつ......!
 容赦なく首狙ってきたぞ!?
 サンタを絞め殺す気かよ......!?」

カヌス
「......イルはサンタを
 人外の一種だと思っているからな。
 罠も、相応の威力にしているのだろう」

凛堂
「膠着状態――って感じかい?」

ミシェル
「んー......正直、正攻法でいくとキリがないね。
 イルを起こさないよう、
 罠をひとつひとつ潰して進んでみたけど......
 数が多すぎて、ぶっちゃけ朝までに終わらないと思うし。
 博打になるけど、ちょっくら
 チートでやらせてもらうしかないかな......!」

いわく――
ミシェルは今からイルの部屋までに張り巡らされた
全ての罠を一斉に、根こそぎ打ち消すのだという。

ただ......それだけのことをすれば、
まず間違いなくイルは気が付くとのこと。

ドローミ
「え。でも、それじゃあ結局、
 イルさんにプレゼントを渡す前に
 イルさんが起きちゃうってことじゃ......?」

イグニス
「――舐めんな。
 仮に起きたとしても、
 目を開く前にオレが一瞬で届けてやらぁ」

カヌス
「ふ。流石はアンシャンテ一の俊足。
 頼もしいな」

ミシェル
「あとは......
 今からやるのは結構危ないやつだからさ。
 イルの部屋の中にまでは干渉しない。
 だから仮に――部屋にトラップがあった場合、
 ぶっちゃけどうしようもないんだけど......」

凛堂
「......なるほど。
 そういう意味で博打ってことね」

琴音
「でも現状それしか手がないなら......
 賭けてみるしか、ないよね」

強い決意の下に、皆の視線が交差。

そして、頷き合う。

............。

..................。

一瞬、クリスマスプレゼントを届けるのに
なんでこんな死線を超える感じなんだろう――
とか思ってしまった気がするけど、忘れることにする。

ミシェル
「――よし。
 それじゃあ、行くとしようか!
 せーのっ......!!」

ミシェルの掛け声。

それと合図に、
世界がぶれるような奇妙な感覚が、
一瞬身体を駆け抜けた。

次の瞬間。

豪炎は軌跡となり、目的のイルの部屋へと――。

イグニス
「――どわああああああああああああ!?」

そんなイグニスの悲鳴が鼓膜を叩くまで、
おそらく、先のミシェルの合図から
1秒経たずの瞬き。

しかし......
その悲鳴が意味することを悟り。
私たちは一斉に階段を上っていく。

そしてその先には――。

イル
「――おや?
 皆、揃って......どうしたのですか?
 ああ、それよりも......【コレ】を見てください!
 サンタクロースが上手くかかりました......!!」

自室からずるずると、
光の鎖に繋がれたサンタ(イグニス)を
嬉しそうに引きずってきたイルの姿があった......。

ミシェル
「......ああぁぁあ~......!」

凛堂
「......賭けは負け、だね」

カヌス
「天は我らに味方しなかったか......」

琴音
「......ど、どうしよう......!」

天を仰ぎ、呻いたミシェルを始めとして。
このあと訪れる未来を予測し、
私たちは一斉に途方に暮れる。

一方で。
そんな私たちの心境を知らないイルは――。

イル
「ドローミッス。いかがです?
 サンタクロース本人を捕らえた以上、
 完璧な存在の証明になったはずですよ?」

ドローミ
「うえっ!? あ、あ~、それは~......」

イル
「......?
 なにやら曖昧な反応ですね。
 もしや......まだ疑っているのですか?」

ジャラリ、と。
イルは無邪気に鎖を引っ張り――
ドローミくんに顔をはっきりと見せるためか、
おそらく白目を剥いているだろうサンタ(イグニス)を、
見えやすい位置まで移動させた。

イル
「ふふ。
 夢中で引きずってきたので、
 私も顔を直に見るのは今からなのですが......
 きっと人間界の伝承通り、白髪白髭の老人――」

彼の好奇心をたっぷりと含んだ声は――。

イル
「..................?」

サンタの燃えるような赤髪に、途中で止まってしまった。

イル
「......では、ありませんね。
 この髪の色は......?
 ........................。
 え......イグニス......?」

首を不思議そうに傾げながら、
イルは気絶するサンタの名前を呼ぶ。

イル
「なぜ......
 彼がこのような装いで、私の部屋の罠に?
 それによくよく見れば、
 ミシェルたちまで同じ......サンタの......格好......を......」

瞬間。

イル
「――――――......」

イルは自分自身の言葉で、すべてを察してしまった。

彼は目を大きく見開いたあと......
やや震えながら何度も、
イグニスとミシェルたちを見比べて――そして。

イル
「......私の認識が、間違っていたのですか......?」

琴音
「......!」

イル
「......ドローミッスの予想が正しく。
 サンタクロースは
 もとより存在などしなかった......」

ドローミ
「......う」

イル
「故に草庵やミシェルたちが、
 ずっとサンタクロースを演じていた......
 そういう......ことなのですね......?」

ミシェル
「......えっと......それは......」

カヌス & 凛堂
「............」

とうとう、
イルの夢が壊れてしまったのだと。

彼の浮かべた悲しげな表情に、
見ている私たちの胸も痛み始めた。

琴音
「......ち、違うの、イル。
 これはね――?」

イル
「............いえ。いいのです、琴音。
 これだけの状況証拠が揃えば――
 私とて理解できます」

イル
「......今まで草庵や皆には、手間をかけました。
 もう来年からはプレゼントも――
 ............手紙も、いりませんので......お気遣いなく」

切なげにまぶたを伏せてから。
鎖を手放し......
トボトボと部屋に戻っていく、イル。

琴音
「ま、待って、イル――......!」

どう言い訳するかも思い浮かばないまま、
私は反射的に声をかける。

しかし彼の今の心境を考えれば、
きっと応える気力もないだろう。
そう思っていたのだけど――。

イル
「......!?
 ......み、皆、見てください!
 これは一体どういうことでしょう......!?」

自室の扉を開いたイルは、
落ち込んだ様子から一転。

驚愕。
けれど、満面の笑みをたたえ、
部屋から何かを持ち出してきた。

それは――
見覚えのない綺麗なプレゼントの包み。

イル
「サンタクロースの正体であるはずの皆は
 ここに揃っているというのに......!
 先程まではなかったプレゼントが!!」

彼の思わぬ発言に、
私たちは目を見合わせる。

イル
「そして......
 手紙がなくなっています!
 これは、もしや......!?」

琴音
「......!」

じょ、状況はまったくわからないけど、
これは――チャンスなんじゃ......!?

琴音
「......う、うん! きっと――
 本物のサンタさんからのプレゼントだよ!」

凛堂
「......! そうそう!
 僕たちは......ほら。
 サンタが君の罠に驚いて逃げちゃわないか心配でさ」

カヌス
「う、うむ。
 念のため、予備のプレゼントを渡そうかと
 画策をしていたのだが杞憂だったようだ」

イル
「おお、なるほど......!
 そうとは知らず先ほどは失礼な態度を――
 皆、私のためにありがとうございます」

ミシェル
「お礼なんて......
 とにかく、よかったね? イル」

イル
「――はい! 捕縛こそ叶いませんでしたが、
 やはりサンタクロースは実在しました......!
 でしょう、ドローミッス?」

ドローミ
「――え?
 ええっとぉ......?」

ミシェルたちから、
分かりやすく圧が向けられる。

その命の危機にドローミくんは
がくがくと膝を笑わせつつ――。

ドローミ
「ヒいィッ......!?
 ――そ、そそそそ、そッスね!!
 いやー、こーんな一瞬でプレゼント届けるとか!
 サンタさんってすごい人なんスね~!?
 いやー、疑っちゃってハズカシーッス!!」

イル
「ふふ......!
 来年はドローミッスも、もらえるとよいですね?」

そして。
聞いていた通りにイルはまず真っ先に
手紙を確認したいらしく、
じっくりと読んできます――と。

楽しそうに、
半ばスキップしつつ自室へと戻っていった。




* * *




イルの部屋の前から少し距離をとり、
イグニスが目を覚ました所で――。

凛堂
「えっと......
 なんとか誤魔化せたのはいいけど。
 あのプレゼントって......?」

琴音
「――え。
 それはもちろん、
 この中の誰かが、
 何らかの方法で届けたんじゃ......?」

てっきりそう思ったから、
咄嗟にフォローしたのだけど。

ところが私の疑問には、
この場の誰もが手を上げることはなく。

イグニス
「......少なくとも、オレじゃねえぞ。
 つか、あいつの罠にかかって気失ってたからな」

ミシェル
「俺も、違うかな」

ドローミ
「オレでもないッス」

カヌス
「我でもないが......」

ドローミ
「――はっ! まさか......
 店主さんの部屋で寝てたはずのコロロ......!?」

イグニス
「それが一番ねーだろ」

凛堂
「そもそも、
 イルの目を誤魔化すなんてこと。
 あの状況でできるワケないか......」

......けれど......。

それなら、あのプレゼントの正体は......?

一同
「......うーん......?」

摩訶不思議な現象に全員が首を捻る中、
ふとドローミくんは
何かに気が付いたように階下を覗き込み――。

ドローミ
「――......?
 って......アレは......
 え、ええええええええええ!?」

大声をあげて、降りて行ってしまう。

イグニス
「あ......?
 また、何を騒いでんだあのアホ虎は......」

なんだなんだと、
つられるようにして、
私たちも1階に降りていけば――。

一同
「............!?」

そこにあったのは、
大量に積み上げられた色とりどりの箱の山――
つまり、クリスマスプレゼントの山だった。

琴音
「え......?
 な、なにこれ、いつの間に......!」

イグニス
「は!? なんだこりゃ......!?
 まさかオレが気絶してる間にお前らが――
 なワケねえよな」

カヌス
「う、うむ。我らではないぞ」

ミシェル
「......ど、どっから出てきたのコレ......?
 俺たち全員、
 さっきまで仮にもバトル態勢だったのに、
 誰も気が付かないとか......え。何コワイ」

凛堂
「......えーっと......
 これって、もしかしなくても。
 さっきのイルのプレゼントもだけど――」

凛堂さんが頬を引きつらせ、
何かを言おうとしたその時。

ドローミ
「うおおおお!?
 み、皆さん! あれ見てくださいッスー!!」

窓際に張り付いていたドローミくんの言葉に、
その場の誰もが同じものを連想したのだろう。

皆で大慌てで、
その窓の向こうを見上げてみれば。

琴音
「............!!」

聖なる鐘の音と共に、
赤と白の服を着た【サンタクロース】が。

夜空へと飛び立っていく姿があった――。





終わり。

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