ワリコミ! 幻奏喫茶アンシャンテ イル・ファド・デ・リエ誕生日SS
――7月7日。
イルの人間界における
仮初めの誕生日にして、七夕の当日。
午前5時、早朝。
初夏を迎えたアンシャンテの裏庭で――。
イル
「............」
イルは昨日運び込まれた
大きな笹の葉を通し、初夏の青空を見上げていた。
イル
「ふむ......。
今のところは――快晴ですね?」
イルの誕生日パーティーは、
七夕祭りも兼ねて夜に行う予定となっている。
きっとこの笹も夜になったら、
立派な七夕飾りへと生まれ変わっているのだろう。
皆が準備するまでの間、
イルは自室待機をする予定になっているが――。
イル
「............っ」
その前に、と。
イルはまだ飾り気がない笹へ、
一枚の【短冊】をくくりつけた。
――【晴れますように】
短冊に書かれているのはそんな、シンプルな願い。
それが示すのは――。
星の川に隔たれ、年に一度、
今日この日の夜しか再会できないという
恋人同士の伝説。
昔、草庵とミシェルに
誕生日を決めてもらった際、
同日だからと教えてもらったのだ。
――あくまで、逸話なのだとしても。
――愛する恋人同士。
一年に一度のこの日ぐらいは、
無事に逢瀬を果たせるように。
故に、雨で天の川が氾濫しないことを願う。
自力で晴らそうにも、
昔、雨雲ごと吹き飛ばそうとした際、
【織姫たちごと吹き飛ばす気か】と
草庵に止められてしまった。
だからこそ、晴れるかは完全に運次第。
星が紡ぐロマンチックな恋物語に夢を馳せ――。
イルは両手を組んで、短冊に向かい祈りを捧げた。
* * *
――本来持ち得ない【誕生日】という概念を、
異世界から訪れた彼ら人外が【祝う】こと。
――仮初に過ぎないそれを祝福することは【無意味】だと、
そう主張する君の意見はある意味正しく、
間違ってはいないとも。
――けど、僕はね。
誕生日というものを祝福の他――。
【肯定する日】だとも捉えてる。
――その人が今、
この世界で確かに生き、
存在しているという事実の【肯定】。
――それを忘却せず、
記録し大切に保管するための、数字の羅列。
――プレゼントを始めとした祝福は、
その証明手段のようなものさ。
......逆もまた然り、なのだろうけど。
――ほら。君だっていつも、
口癖のように言っているだろう。
――【肯定】......とね?
御門の助手
「..................――」
* * *
それから半日以上が経過し――。
時刻は19時。
彼の誕生日パーティー兼、七夕祭りの開始時刻。
夜空にはイルが望んでいた、
完璧なまでの美しい天の川が流れている。
そして朝はただ緑一色で、
佇んでいただけの笹が――。
飾り付けられた装飾たちを揺らし、
月と星の光を受けて煌めかせることで、
生まれ変わった姿を主張していた。
そんな幻想的な光景の中。
イル
「............!
なんと美しいのでしょう。
ケーキやゼリーなどの甘味が、
天の川や星を再現した
デザインとなっています......!」
配置されたテーブルセットのうち、
指定席へと座ったイルは
豪勢なスイーツの山に瞳を輝かせっぱなし。
そんな彼を微笑ましく思いつつ――。
凛堂
「......よし。
それじゃあ、恒例の台詞といこうか」
カヌス
「皆、クラッカーの準備は万全か?」
イグニス
「おうよ、これの扱い方も、
すっかり慣れたモンだよな」
狩也
「あはは、確かにそうかも」
コロロ
「きゅるるー!」
ミシェル
「じゃあ、ぴったり合わせていくよ?
――せーのっ」
常連一同 & 狩也
「「「「「誕生日おめでとう、イル!!」」」」」
紙吹雪とリボンが、夜空の下で舞う中――。
イル
「......はい......。
私のために素敵な七夕をありがとうございます。
琴音、皆も......」
イル
「私はきっと――果報者の堕天使です......!」
自分の存在を
肯定してくれる祝福の言葉に、
イルは満面の笑顔を返したのだった。
* * *
夜空に流れる天の川を堪能しながら――。
主役たるイルも琴音が用意した
七夕スイーツを絶賛しては、
上機嫌で頬張っていき。
しばらく和やかな時間を過ごしたところで、
恒例のプレゼントタイムとなった。
カヌスからは、
うたた寝が多いイルが心配だと、
昼寝用のブランケットが。
狩也からは、ゲーム機携帯用のポーチ。
イグニスからは、
以前よりは外出の機会が増えたからと、
パスケースが贈られる。
そして――。
ミシェル
「それじゃー、次は俺の番だね。
――ほい、誕生日おめでとう。イル」
言って、ミシェルがイルに手渡したのは。
イル
「これは――。
この国の【お守り】ですか?
......現物を見るのは初めてです」
ミシェル
「そそ。七夕柄のね。
天の川っぽくて綺麗でしょ?」
ミシェル
「ほら。アンシャンテには、
イルのありがたーいご利益や加護が、
宿ってるかもだけどさ」
ミシェル
「君自身にも
ご利益がありますように......って。
――魔王さま特性のおまじないも、
ばーっちり込めときましたとも」
イル
「ふふっ。
それは実に心強い守護ですね。
ありがとうございます、ミシェル」
凛堂
「それじゃあ僕からは、
君がよく使う鞄に合いそうなバックチャーム。
......あー......それと......」
一同
「......?」
プレゼントを渡した後、
なぜか区切りが悪くなった凛堂に、全員が疑問符を抱く。
彼は数秒、悩む素振りを見せたものの――。
最終的には諦めたように懐から【小箱】を取り出した。
カヌス
「......む?
凛堂、プレゼントを二つ用意していたのか?」
凛堂
「あー。いや、なんというか......」
凛堂
「......実はこれ。
御門からの預かりものなんだよね」
意外な名前の登場に、琴音たちは一斉に顔を見合わせた。
イグニス
「......あ? なんでわざわざ
あの変人が箱入りへの
プレゼントなんて用意してんだ」
凛堂
「それは僕も聞いたんだけど、教えてくれなくてさ。
最終的にはGPMを出る直前に、
【渡しといて】って鞄へ突っ込まれちゃって」
凛堂
「まあ、実際には財布を忘れたとか、
仕事が忙しいとかで――」
凛堂
「あの物静かな......助手くん? に、
プレゼントの選別も買い物も、
まるごと任せたらしいんだけど......」
イル
「......?」
不思議に思いつつも、
イルはひとまず小箱を開封し、
中身を確認することにした。
イル
「......? おや、これは......」
金平糖だ、と琴音がその中身を呟く。
そう。箱から顔を覗かせたのは、
綺麗な小瓶の中に閉じ込められた七夕らしい、
星の姿を模す金平糖たち。
確かに甘味を好むイルへの贈り物としては
無難な一品ではあるが......。
イグニス
「......なんか、露骨に怪しくねえか?
変な薬でも混ざってんじゃねえだろうな」
狩也
「......おれも同感」
イル
「ふむ......。
ですが見たところ既製品のようですよ?
開封した痕跡は皆無。
妙な気配も感じませんし......」
小瓶を両掌で持ち、
あらゆる角度から観察し逡巡した結果――。
イルが出した結論は。
イル
「......瓶と金平糖がとても美しいので。
受け取っておくことにします。
凛堂、御門へお礼の伝言を依頼しても
よいでしょうか」
凛堂
「それは構わないけど......」
ミシェル
「まー、彼の真意は謎だけど。
イルがそう言うなら、大丈夫なんじゃない?」
カヌス
「うむ。それに御門はどちらかというと、
何かを仕掛けるのではなく
我らのサンプルを欲する側であろう」
わいわいと皆が賑やかに盛り上がる中――。
――【なら最後は、私からのプレゼントだね】
主催者である琴音が、
テーブル下に隠しておいた紙袋を手に
イルの元へと歩み寄る。
――【誕生日おめでとう、イル】
――【これからも甘いものをたくさん食べて、
皆と一緒に笑って......。
大好きな乙女ゲームを
楽しみながら暮らしてね?】
改めてお祝いの言葉を告げた琴音が
紙袋から取り出し、差し出したのは――。
愛らしい、小さな翼を背負う。
赤と、青の。
天使の姿によく似た、
織姫と彦星の......小さなぬいぐるみが二つ。
――【手作りだから、
拙いところもあるかもしれないけど】
――【織姫と彦星の伝説って
イルが好きそうな愛の物語だから......。
グッズを作ったら喜んでくれるかなって】
――【翼はイルのイメージに合わせた、
私なりのアレンジだよ】
瞬間。
イル
「――――......」
イルの瞳が、大きく見開かれ――。
その中に収まる翡翠の色が、波紋のように揺らぐ。
一同
「............?」
てっきり、
他のプレゼントやスイーツの時と同様――。
イルがニコニコとお礼を告げながら
受け取ると思っていた面々は、
静かすぎる彼に違和感を覚えた。
イルはなぜか――ぼうっとした表情のまま、
ぬいぐるみへと手を伸ばすと。
イル
「......――......」
壊れ物を扱い、あるいは守るかのように。
翼を背負う織姫と彦星を。
自分の胸へと大事に、抱え込んだ――。
* * *
特製ケーキも含めて料理を食べ終わったあと。
最後に皆で願い事を短冊に書き、
笹へと飾り付けて。
天の川をのんびりと眺めて過ごし、
狩也が帰宅時間を告げたのを機にパーティーは終了。
しばらく飾り続ける笹以外の片付けを終え、
常連たちは各々の場所や世界へと戻っていった。
それを見送った琴音が、再度裏庭へと戻ると――。
イル
「............」
織姫と彦星のぬいぐるみを両腕に抱え、
未だ輝きを失わぬ天の川を見上げる
イルの後ろ姿を見つけた。
イル
「――おや、琴音。
てっきりもう就寝したのかと
思っていましたが......」
――【滅多に見れない、
宝石みたいに綺麗な天の川だからさ。
寝る前にもう一度眺めたくなっちゃって】
足音に気づき振り返ってくれたイルに歩み寄り、
隣に並び立つ。
――【ところで私が贈ったそのぬいぐるみ。
あれからずっと抱えてくれてるね?】
イル
「......はい。
自分でもよくわかりませんが。
離れがたい気分になりまして」
――【そっか、喜んでくれたなら良かった】
イル
「......?」
――【ほら......イル、
ぬいぐるみを受け取った時、
少し黙り込んでたでしょう?】
――【もしかしたら
気に入らなかったのかも......って、
ちょっと心配してたんだ】
イル
「......! ま、まさか......!
そのようなことは、
断じてありえません......!」
イルは勢いよく首を横に振り、必死に否定する。
イル
「......そのように誤解させてしまったのなら、
申し訳ありません」
イル
「予想外の贈り物に、少々驚いてしまいまして。
それを表現するための適切な言葉が――。
............あの場では何も、浮かんでこず......」
――【驚いたって?】
首を傾げた琴音に、イルは微笑むと――。
持っていたぬいぐるみのうち、
織姫を彼女を預けた。
そして自身は彦星のぬいぐるみを手にし、
掲げる形で対面させる。
イル
「――ふふっ。ほら、見てください」
イル
「このぬいぐるみの織姫と彦星なら。
七夕が終わっても、引き裂かれることなく......。
ずっと共に在ることができるでしょう?」
イル
「私にとってはそれが――
とても衝撃的で。
それ以上に喜ばしいことだったのです」
それを証明するように――
ちょん、と。
イルは織姫を彦星を、抱き合うように重ね合わせた。
イル
「ありがとうございます、琴音。
......大事にします。
......決して......絶対に、なくしたりはしません」
イル
「こんなにも
暖かくて優しい贈り物をくれたあなたへ、
私に返せるものがあるかは......わかりません。
――ですが」
イル
「せめて、今はこの天の川に祈りましょう」
イル
「......琴音。アンシャンテとあなたへ――」
イル
「この先も笑顔に溢れた、
幸福な未来と祝福が降り注がんことを――」
終わり......?
* * *
――後日。
小物入れとして再利用されることになった、
あの小瓶も含めて。
皆からの誕生日プレゼントは
イルの部屋に大事に飾られ、
あるいは活用されることになった。
そのうち、
琴音が贈った織姫と彦星のぬいぐるみに関しては。
【あまり持ち出すと汚れるから】――と。
皆が説得するまでイルは、
肌身離さず連れ歩き......。
以後、部屋に飾られてからも。
イル
「――......ふふっ」
隣り合って並べては、じーーっと見つめ。
かと思えば時折優しくつついて、
嬉しそうに微笑むイルの姿が、
度々目撃されたという。
終わり