ワリコミ! 幻奏喫茶アンシャンテ イグニス・カリブンクルス誕生日SS
8月8日。
暑い夏にぴったりな、
アイスなどの冷たいメニューの売り上げが好調な、
喫茶アンシャンテ――。
ではなく。
そのアンシャンテが存在する街の。
様々な施設を借りることができる、
スポーツセンター。
その中のバスケットゴールが完備された、
とあるアリーナルームにて。
* * *
イグニス
「――オラァっ、ボールもらったぁ!」
イル
「あっ......!」
イルが手にしていた
バスケットボールを一瞬の隙をついて奪う。
力強いドリブルを響かせながら、
イグニスはそのままイルを引き離し――。
イグニス
「そらよっ......と!」
叩きつけるように、ゴールへとダンクを決めた。
わっと私服姿の常連たちや琴音の歓声が上がる中、
凛堂の持っていたスマホからアラーム音が鳴る。
凛堂
「はい、試合終了。
――5点差でイグニスの勝ち、だね」
イグニス
「うっし!」
観戦組の元へと戻ってきた二人に、
琴音たちはスポーツタオルとドリンクを手渡す。
満足そうにドリンクを口にするイグニスに対し
同じく私服姿のイルが、
しょんぼりと肩を落とした。
イル
「......うぅ、敗北してしまいました。
飛翔したままのドリブルが可であれば、
勝利できる自信があったのですが......」
狩也
「それたぶん、
トラベリングっていうか......。
別の空中競技になるよね」
カヌス
「しかし......。
ボール捌きといいスピードといい、
イグニスの動きは実に見事だったな」
ミシェル
「――うんうん。
さすがはアンシャンテきってのスポーツマンにして、
優勝最有力候補くん」
いつものローブではなく。
人間擬態用の私服姿となったミシェルが、
未だダンクの衝撃で揺れているゴールを眺めつつ笑った。
イグニス
「――は。
候補じゃねえよ。
やるからにはとことん、優勝を狙ってやらぁ」
凛堂
「張り切るのはいいけど。
君の出番は少しお休みだよ、イグニス」
イグニス
「あ?」
凛堂
「総当たり戦のリストを更新して......と。
次は......カヌスとミシェルの試合だね」
ミシェル
「――おっと。もうひとりの優勝候補のご登場だ。
バスケとはいえ魔王さまVS騎士さまとか、
かなり熱い対決じゃない?」
カヌス
「うむ。では互いに全力を尽くすとするか、ミシェル」
凛堂
「......尽くすのはいいけど、
あくまで人間レベルでね。
施設をうっかり壊さないようにお願いするよ」
上着を脱いだミシェルとカヌスが
バスケットコートに向かう中。
ドリンクを片手に、イグニスは琴音の傍に並ぶ。
イグニス
「――しっかし。
まさか......オレの誕生祝いを、
【スポーツ大会】にするとはな」
イグニス
「てっきり店内でパーティーを開くのかと
思ってたぜ。
――琴音。お前面白い発想すんのな」
――アンシャンテメンバーによる、総当たりのスポーツ戦。
その第一種目であるバスケで
順調に勝ち星を挙げているイグニスが、
勝負を始めたミシェルたちを眺めながら笑う。
――【ふふ。
イグニスはスポーツが好きだって聞いたから。
こういう方向性もありかなって、
皆と企画してみたんだ】
イグニス
「――んじゃ。その企画は大成功だな。
喧嘩の時以上に、
すっげえ熱く楽しんでるぜ、オレは」
イグニス
「異世界の存在同士で
こういうことができんのも、
アンシャンテならでは――って感じだよな」
犬歯を見せ、好戦的に。
しかしどこか少年のような幼さを残しながら、
イグニスは笑ったのだった――。
* * *
――同時刻。
新宿某所にあるGPM本部の休憩室にて。
御門
「......意外だなぁ。
君のことだからてっきり、
イグニスくんの誕生日パーティーに、
何が何でも参加するかと思っていたんだけど」
御門
「こんなところで、
僕とお茶を飲んでいていいのかい?」
ドローミ
「ハハハ......いやまあ?
一応アニキと店主さんにお誘い自体は
受けてたんスけどぉ......」
御門
「けど?」
ドローミ
「――辞退させてもらったんス」
ドローミ
「ほら、ベスティアには誕生日なんて概念、
無いじゃないッスか。
オレがその意味を知ったのもごく最近で」
ドローミ
「......だから。
【誕生日】がどういうモンなのか......。
まだイマイチピーンと来てないんスよねぇ」
ドローミ
「意味もわかんねえのにお祝いするって。
なーんか白々しくて、
アニキに失礼じゃないスか?
だからやめておいたほうがいいかなーって」
言いながら、
ドローミは御門の奢りである炭酸ジュースを
一口煽った。
ドローミ
「......けど。いいッスよねぇ、誕生日......。
祝福云々はやっぱまだ、
よくわかんねえッスけど......」
ドローミ
「初めて説明された時。
ベスティアにもあればいいのになーって。
ちょーっとだけ羨ましくなっちゃったッス」
首を捻る御門に、ドローミは早口かつ能天気に笑う。
ドローミ
「いやだって、ほら......。
プレゼントはもらえるし?
美味しいモンはごちそうしてもらえるし?
ちやほやしてもらえるし?
――まさに、いいことずくめじゃないッスか!」
それに、と。
ドローミ
「誕生日ってモンが、最初からあれば......」
ドローミ
「誰にだって、
【この日に生まれた】って証拠が......
ずっと暦に残り続けたってことッスよね」
ドローミ
「――ほんと、いいなぁ。
......もーちょい? いや、だいぶ前に。
それを知れてたらなぁ。
......オレたちも、恩恵にあやかってたのに」
* * *
バスケットの後もバドミントンや
卓球などの勝負でぶつかりあった
一同はアンシャンテへと帰還。
皆がシャワーや着替えを済ませているうちに
琴音が作った料理が大量に並べられ――。
狩也
「......ってわけで。
第88回(今決めた)アンシャンテスポーツカップ、
栄えある総合優勝者は――」
――【今日の主役である、
イグニス・カリブンクルス選手です......!】
常連一同
「「「「「誕生日おめでとう、イグニス!!」」」」」
コロロ
「きゅるー!」
進行役たる琴音と狩也の発表を合図に、
全員が持っていたクラッカーが弾けた。
イグニス
「お、おぅ............ありがとよ」
イグニス
「......なんだ、その......。
いざこうして祝われる側になると............。
......あー......なんつーか......
予めわかってても......むず痒いモンだな」
ミシェル
「あー、それすっごいわかる。
嬉しすぎてついにやけちゃったりするよね」
凛堂
「さて、じゃあお祝いも済んだところで。
優勝者への景品タイム――もとい、
誕生日プレゼントタイムにしようか」
イル
「そうですね。
料理が冷めてしまう前に、渡すべきかと」
カヌス
「イグニスも今か今かと、
食事の開始を待ちわびているからな」
イグニス
「..................」
狩也
「あ、否定しないんだ」
イグニス
「......し、仕方ねえだろ。
思いっきり運動して、体を動かしたあとに」
イグニス
「こんだけのメシが目の前に並んでて――。
食いてぇって思わねえ男が
どこにいんだっての」
確かに――と。
料理に視線を奪われ続けていたイグニスに、
全員が笑いながら同意した。
* * *
――琴音以外の全員がプレゼントを渡し終え、
待ちに待った食事が始まり。
数時間後に、パーティは終了。
イグニスはアンシャンテの外に出、
夜風へと当たっていた。
思い出すのは、
昼間行ったスポーツ大会の盛り上がりと高揚感。
そして彼らからもらったプレゼントたち。
イグニス
「財布に新しいバンダナ。
気に入ってるバンドの新作CDに、
かっけえシャツとスポーツバック――......」
イグニス
「――......意外だったよな。
てっきり全員、
メシ関係のモンを贈ってくんのかと」
一人そうつぶやいた時。背後の扉から――。
――【イグニス、ちょっといい?】
今日この場を用意してくれた、
アンシャンテのマスターと。
彼女に抱えられた看板アザラシが現れた。
イグニス
「――琴音か。
どうした?
片付けの手が足りねえなら手伝うぜ」
――【ううん、それは大丈夫】
――【ご注文の品......ではないけど。
プレゼントの差し入れです、狼さん】
――【......渡すのが遅れてごめんね?
............ちょっと用意している最中に、
トラブルがあって】
――【少しの間、コロロを抱えててくれる?】
イグニス
「......お、おう。別に構わねえけどよ......」
彼女からのプレゼント、という響き。
それに改めてくすぐったいものを感じながらも、
イグニスはコロロを引き取った。
するとコロロは器用に、
いつかのように彼の肩までよじ登る。
イグニス
「......お、
前に登った時より少し重くなったか?
――目に見えねえだけで、
お前も少しずつ成長してんだな――......ん?」
コロロ
「きゅー、うぎゅるるー」
イグニスの頬に擦り寄り、甘えるように鳴くコロロ。
見慣れたはずのその顔に――妙な違和感。
イグニス
「......? コロロ?
お前なんか、いつもと雰囲気が違くねえか......?」
さすがの野生の勘というべきか。それは大正解。
――【ええと。イグニス】
――【それを教える前に。右手をちょっと差し出してくれる?】
言われるがままに、
イグニスは指定された手を差し出した。
するとその手首に、
琴音の美味な料理を次々と生み出す、
細くて不思議な手が添えられる。
イグニス
「......っ」
イグニスのささやかな動揺は悟られることもなく、
数回の、軽い金属音が鳴る。
それが止んだ時――そこに現れたのは。
イグニス
「これは......」
自分の無骨でやや太い手首を彩る、落ち着いた色合いの腕飾りだった。
――【イグニスってベスティアだと、
ちょっと特別な立場だし......。
身の安全を守るお守りのようなものを
作れないかな――って】
――【最初はミサンガを作ろうかな......
って思ってたんだけど。
それだと壊れやすいから】
――【だから。
専門のアクセサリーショップにいって、
頑丈で。
でもあなたに似合いそうな腕飾りを、
イメージしてオーダーメイドしたんだ】
――【どう、かな? イグニスの好みと合う?】
イグニス
「――あ、あぁ。
かなりかっけえと思うぜ......。
サイズもちょうどいいし、違和感もねえ」
触れ合いの動揺から立ち直り、
イグニスは改めて、
彼女から贈られた腕飾りを見下ろ――......。
イグニス
「......ん......!?」
したところで。
その下にもう一つぶら下がっている、
腕飾りの存在に気がついた。
自分の見間違えでなければ、これは――......。
イグニス
「..................まさか。コロロの......」
イグニス
「角、か......?」
コロロ
「きゅる......いう、いぐにす......」
コロロ
「――はぴば!」
愛らしいほんわかとした笑顔の中心にあるはずの、角が。
いつもに比べて、
わずかに短くなっているのが先程感じた違和感の正体。
――【じ、実はパーティーのあと、
この腕飾りの中身を確認している最中にね?
コロロが急に......】
――【なんだか力むように鳴き始めて。
何事かと思ったら――】
コロロ
「ぎゅ......ぎゅる......」
コロロ
「ぎゅあん!!」
――【角が、ポロッと取れたの】
イグニス
「――取れたァ?!」
――【というか、生え変わった......のかな?
代わりにその短い角が一瞬で生えてきて。
怪我とかは全然なかったし、
またすぐ伸びると思うんだけど......」
――【多分コロロからも、
イグニスに何か贈り物がしたかったんじゃ
ないかなぁ......って】
――【だから急いでその角を使って、
部屋にあったアクセサリキットと組み合わせて、
もう一つ腕飾りを作ってみたんだ】
イグニス
「............海魔って、んなコトができんのかよ」
コロロ
「うぎゅるる......?」
イグニス
「あー......、心配すんな、コロロ。
少し驚いただけだ。
誰も受け取らねえとは言ってねえだろ」
不安げに鳴くコロロを撫でながら、
イグニスは落ち着きを取り戻す。
そして手を軽く上げ、
腕飾りの輝きを誇るように笑ってみせた。
イグニス
「――......ありがとよ、琴音。コロロも」
イグニス
「......やかましくて不可思議で。
けど愉快な日常に、
すっかり慣れたアンシャンテの度胸あるマスター」
イグニス
「――幸運を象徴する、ベスティアの海魔」
イグニス
「そんなお前らが
お守り代わりに用意してくれた、
最強の魔獣のための、腕飾りってんなら」
イグニス
「まさに。
最強無敵の幸運の証――ってやつだよな。
持ってるだけで、
誰にも負ける気がしねえ――」