ワリコミ! 幻奏喫茶アンシャンテ 凛堂香誕生日SS

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9月28日。22時。

凛堂香の誕生日は――平日である。


* * *

定時をとっくに過ぎた時間帯の
新宿に位置するGPM本部、情報課執務室にて。

凛堂
「..................」

ぬるくなった
インスタントコーヒーを脇に......。

凛堂は誰よりも
高い書類の塔を積み上げつつ、
仕事へのラストスパートに励んでいた。

凛堂
(やっとここまで漕ぎ着けた。
 データをいくら更新しても仕事が
 減らない時は途方にくれたな)

凛堂
(まあ、この三日間の内に、
 人外のトラブルがこうも連続すれば......)

凛堂
(報告書の量も分厚くなるか。
 ちょっとした騒ぎが起きた程度で、
 死者が出ていないのは幸いだけど)

しかもその中に、
新たに確認された異世界からの
人外が含まれているとなれば......。

データの登録や身元保証の手続きなど、
作業の量も膨大になってくる。

凛堂
「琴音ちゃんや皆には、
 悪いことをしちゃったかな......」

誕生日当日が平日で残業確定のため、
彼女が企画したパーティーは丁重に辞退させて貰った。

心苦しくはあったがこれも勤め人の定めだ、仕方ない。

わざわざ貴重な定休日を使ってまで、
別の日にお祝いしてもらうのも悪いし......。

それに。
人間界に来て初めて
誕生日なる概念を得た
ミシェルたちとは違い――。

自分は幼い頃から、
この9月28日を何度も経験してきた。

このような形で迎えるのも、
一度や二度や三度や四度ではないし......

そもそも。
今更大勢の人間に、
大仰に祝われるような柄でもないのだから。

凛堂
「――よし、
 これで一区切り......っと」

エンターキーを軽やかに押して
データを保存した瞬間――。

???
『............』

???
『......あ、あー......』

???
『マイクテスト、マイクテスト。
 情報課執務室、聞こえますか~?』

凛堂
「............?」

館内放送用のスピーカーから
聞き覚えのある声が響き、
凛堂はパソコンから目を離した。

すると――。

???
『――うむ!
 しっかりばっちり執務室にのみ
 回線が繋がっているようだね......!』

???
『ではそこで虚しく残業しているだろう
 中間管理職くん!
 耳掃除をしっかりとした上で聞くがいい!』

ごほん――と。
現時点で正体がバレバレな声の主は
これでもかと言わんばかりの声量で――。

御門
『GPMの通信システムは、
 天才科学者・御門彰とくーちゃん――』

御門
『そしてアンシャンテのマスター並びに、
 レア人外諸君がジャックしたっ!』

御門
『――我が旧友、凛堂香よ!
 それを解除してほしくば――』

御門
『今すぐ僕たちの元へ――』

御門
『ラスボス魔王さまが待ち受ける、
 喫茶アンシャンテへと辿り着くがいい......!』

凛堂
「......っ」

はーっ、はっはっは! と
わざとらしい高笑いを残して
乱暴に切られた天災科学者の声に......。

凛堂は危うく、
デスクチェアから
崩れ落ちるところだった。

凛堂
「......え? え?
 な、何やっちゃってくれてるの?
 ......あいつ」

言っていることがめちゃくちゃだ。意図も不明。

だがいくら彼が
ミシェルたちを巻き込んでいても、
仕事を放り出して抜けるわけにはいかない。

思い今の騒ぎに対する謝罪を
部下たちに告げようと周囲を見渡せば――。

部下A
「課長」

部下B
「――いってらっしゃい!
 後のことはおまかせを!」

書類のタワーを奪われ、
とてもいい笑顔で執務室を
追い出されてしまった......。


* * *


腑に落ちない、と思いつつ――。

スーツを羽織り直した凛堂が、
車を運転しアンシャンテに辿り着くと――。


常連一同 & 狩也 & 御門
「「「「「ハッピーバースデー、凛堂!」」」」」


扉を開いた瞬間、
真正面からクラッカーの音とリボンが飛んで来る。

笑う凛堂の前には、
華やかだが落ち着いた
パーティーセットが広がっていた。

その光景を見れば......。

凛堂
「は、はは......。
 これは......まいったな。
 流石に予想外だった......」

自分がなんのために呼び出されたのか、
誰だろうと察しがつくだろう。

御門
「ふっふっふ~、驚いたかい、凛堂!」

御門
「協力者が得られる今年こそは、
 君を祝うチャンスを逃すまいと
 僕は決めていたのさ!」

御門
「君は毎年柄じゃないとか、
 平日で仕事だから~とか言って、
 お祝いから逃げてしまうからね!」

ミシェル
「――あっはっは。ほんとほんと、
 俺たちの誕生日の時は
 有給使ってでも駆けつける癖にねえ~」

イグニス
「......ジャックだとか言ってたけどよ。
 放送を借りる許可は
 この変態が取ったらしいから気にすんな」

イル
「内容もあなたがた以外には聞こえぬよう、
 私のほうで法術を施しましたので
 ご心配なく」

マスターたる琴音も
凛堂の生誕を祝うため一歩歩み出た。

――【さっきのサプライズ、
   御門さんが提案してくれたんです】

――【凛堂さんがお忙しいのは
   把握していたんですけど......】

――【どうか今日、
   日付が変わる数時前でもいいから
   早めに上がらせてくれ――って】

――【各所に頭を下げて、
   回ってくれたみたいで......】

凛堂
「......御門。お前......」

御門
「ふふーん。
 大事な友人のお祝いだ。
 それぐらいして当然だろう?」

御門
「......僕たちだってさ。
 君の存在を直接【肯定】する機会が、
 欲しかったんだ」

凛堂
「......」

ミシェル
「......まーもちろん。
 後日お祝いするアイデアも
 練ってたんだけどさ」

カヌス
「御門から
 【この調子だと凛堂が
 次に充分な休みが取れるのは一週間後】」

カヌス
「――と。そう聞いてしまってはな」

阿倍
「その貴重な休みを
 パーティーで潰すのもなんだから。
 御門......さんの提案にのって、
 今日祝おうって決めたんだ」


凛堂の性格を考慮してか、
派手な飾りなどはないものの。

テーブルの上に並ぶ、
温かな料理と珈琲の香りが......。

そして、笑顔で自分を出迎えた皆が。

仕事で張り詰めていた、
凛堂の心を解してくれる。

凛堂
「............はは」

思わず、震えるような笑みが零れた。

――まいった。本当に降参だ。

旧友と。

人外......たちと。

人間が。

【凛堂香】という
ごく普通の人間の誕生日を祝うため――。

種族の垣根を超えて、集ってくれている。

その事実を噛み締め、つい......。

凛堂
「......まいったな。
 おじさん年甲斐もなく、
 感極まっちゃうよ」

阿倍
「その割には、落ち着いてるように見えるけど......」

凛堂
「表情に出にくいだけだよ。
 ......油断したらうっかり泣いちゃいそうだ」


それをごまかすように、
凛堂は軽く頭を振った――。


* * *


そのまま穏やかな
店内パーティーが開始され、
談笑を楽しんでいると......。

ミシェル
「それじゃあ、
 お楽しみのプレゼントタイム~!」

食事をある程度進めたタイミングで、
ミシェルが切り出した。

――だが今回は、形式が少しばかり違う。

彼がパチンと指を鳴らしたら――。

凛堂
「おおっと......!?」

目の前のテーブルに
美しいラッピングに包まれた箱が現れ、
凛堂は思わず声を上げた。

カヌス
「ふふ......今回は
 我らアンシャンテ一同と
 御門による共同プレゼントだ」

凛堂
「共同......?」

イグニス
「お前、前に目立った
 趣味がねえとか言ってたからな。
 下手に物を増やすのもなんだと思ってよ」

御門
「ならば一つのプレゼントに
 皆の想いを込めて渡そうと――
 琴音くんが提案してくれたわけだね!」

イル
「ふふっ。
 プレゼントを選別してくれたのも、
 琴音なのですよ?」

凛堂
「そっか。
 ......それはまた、ありがたい気遣いだ」

お礼を言いながら
凛堂が箱の包みを開けば――。

凛堂
「......これは、鑑賞用のワイングラス?」

ワインを飲むためではなく、
飾って楽しむためのデザイン重視のものだ。

中にプリザーブドフラワーや
アクセサリーなどを入れる愛好家も多い。

それが――二つ。
箱の中で照明の反射を受け美しく輝いている。

ワインを嗜みつつも、
仕事の関係で飲む機会が少ない凛堂の好みを
心得ているチョイスである。


凛堂
「へえ。
 シンプルだけど透明感が
 あってすごく良いね」

凛堂
「......もしかして琴音ちゃん、
 こういうのに興味があったり?」

凛堂
「はは。なら君が成人したら、
 今度は僕がワイングラスのプレゼントを――」

言いながら凛堂がうち一つを取り出して、
なにげなく回転させていると――。
ふと、とある変化に気がついた。

凛堂
「......? あれ、
 側面にフランス語で何か書いてあるね」

それも手書きのペンで、だ。

なんだろうと、
凛堂がスマホを用いて訳してみると――。


【もっと日頃から肩の力を抜くこと。ゆるーくリラックスリラックス~】

【仕事を優先するあまり、自身の体を蔑ろにせぬように】

【お土産のケーキなど、いつも感謝しています】

【これからもそこそこ苦労かけるかもしれねえが......ま、よろしく頼むわ】


凛堂
「............!」

ふふ、と意味深に笑うラスボス四人組。

彼らの性格がにじみ出た筆跡で
書いたメッセージが――。
ワイングラスの上に走っていた。


そして、もう一つ――。


何も書いていなかったグラスを、
凛堂の横からさらう一つの影――。

阿倍
「ごめん、凛堂さん......ちょっと借りる。
 フランス語上手く書けないから、
 英語で許して」

――【Thank You/ありがとう】

おれを助けてくれて、ありがとう。
生まれてきてくれて、ありがとう。


刻まれたのは、
少年からのシンプルな感謝のメッセージ。
続いて――。


御門
「――ふふん、では次は僕たちの番だね!」


狩也からバトンタッチを受けた御門が、
グラスを落とさないよう留意しつつ――
滑らかな手付きでメッセージを綴る。

そして最後の仕上げとばかりに。


御門
「さ、くーちゃん。......君も一緒に」


御門はぬいぐるみの鼻先をグラスに当ててから、
その場所へくーちゃんの似顔絵を描いた。


――【Bonne chance !/君に幸運を!】

と、友人の幸福を願うメッセージの横に。

凛堂
「............」

凛堂が呆然としている前で、
最後のメッセージを書くのは当然――。

――【凛堂さん。
   改めてお誕生日、おめでとうございます】

――【同じ人間として......
   いつも未熟な私を見守ってくれるあなたに
   贈る言葉は――】


――【Avec gratitude et respect/感謝と尊敬の気持ちを込めて】


――【......です。
   凛堂さんにとっても、
   アンシャンテが安らぎの場所で
   在り続けるよう――私、がんばりますね】

照れから笑んだ琴音から、
あらゆる想いが詰まったグラスを受け取る。

ふと凛堂は、その透明なグラスに――。
自分の顔が映っていることに気がついた。

凛堂
「......ははっ」

それを見て、吹き出すように笑ってしまう。

中年中年と、
日頃から軽口を叩かれているが――。


凛堂
「......ああ。
 僕もまだ、こんな顔が出来たのか」


そこに映っているのは、
大人の余裕からは程遠い――。


目を細めて幼く笑う――
一人の......普通の男だった。


凛堂
「......本当に、嬉しいよ」

凛堂
「こんな素敵な、
 幸せを象徴するグラス――。
 きっと世界中のどこを探しても存在しない」


そして愛おしそうに、
刻まれたメッセージたちを撫でて。


凛堂
「......ありがとう。皆、琴音ちゃん」

凛堂
「僕は......
 アンシャンテの監視役になれて。
 いい旧友と......を持てて――」

凛堂
「――本当に、幸せ者だ......」


終わり

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