ワリコミ! 幻奏喫茶アンシャンテ 祝3周年!

アンシャンテ_3周年.jpg

ミシェル・アレックス
【幻奏喫茶は永遠に】

――自分たち以外は、誰もいない店内。

「アンシャンテが再オープンしてから、もう3年かぁ。
 私もお酒を飲める歳になったし、時間が経つのは早いなぁ。
 ......あ、でもミシェルの時間の感覚からすれば、3年なんてあっという間かな?」
「ん~、確かにあっという間ではあるけど? 君との時間をあっさりとしたものと感じたことはないかな~」

今日も愛しいマスターに淹れてもらった珈琲を片手に、
いつものカウンター席で彼女と語り合う。
彼女から近いようで遠い絶妙な距離だが、俺にとっては特等席だ。

「君と過ごす時間は、珈琲みたいに濃くて、幸せで......一日たりとも忘れようがないよ。
 俺にとっては毎日が記念日みたいなもんさ」

早速珈琲を一口飲み進めると、香り高さとほどよい苦味が口の中に広がった。
彼女はそんな俺を見て、カウンターに手を置いて顔を赤らめる。

「な、なんだか、そんなストレートに言われると照れちゃうな。
 ......でも......」
「でも?」
「なんだか、不思議。
 珈琲大好きなミシェルが、未熟な私の珈琲に飽きなかったことが。
 他のお店の常連になることだって、できたはずなのに......」
「あっはっは、それは天地がひっくり返ってもありえないかな~」
「......どうして?」
「元からアンシャンテを大事に想っていたのもあるけど、何より――」

珈琲を一度、置いてから――。

「俺は。シンプルに、君と、君が淹れてくれた珈琲が大好きだから」

カウンターの上にあった彼女の手に、自分の掌を重ねた。

「君の珈琲は......誰かのために一生懸命入れたものだって、一口でわかる。
 どうしようもなく愛しいと思うことはあれど、飽きるなんてことは絶対にないよ」

――【初めて】俺に珈琲をくれた、あのときのように。

「......ありがとう。私もミシェルが、珈琲の先生で本当によかった」
「――先生としてだけ?」
「もちろん、大好きな魔王さまとしても、です」

堂々と、自信をもって笑う彼女が、どうしようもなく愛おしくて――。

「――マスター」

俺は立ち上がり、彼女の唇へと自分のものをそっと重ねた。

「......ふふ。珈琲の味と香りがする」
「珈琲好きの魔王さまが君に贈る、世界で一つだけのキスってことで★」

顔を真っ赤にした彼女が、俯きながらも嬉しそうに笑ってくれる。

それが、どうしようなく嬉しくて――。

「..................ん!?」
「わっ......!?」

――ふわふわ、と。
周囲にあった砂糖やカップが、俺の感情に合わせるように宙に浮かんでは楽しげに揺れ始めた。

「お、おお~っと、これは......。ええっと......!」

これは、やってしまった。もっと余裕のあるところを見せたかったのに。

「............ミシェル」
「その、なんていうか......ごめん。つい嬉しくて魔力が溢れちゃった感じかな......?」

窓を見れば、俺の頬は赤く染まっていて――恥ずかしそうに白状した俺に、彼女は嬉しそうに微笑んだ。

「あはは。ミシェルでもこうやって感情が溢れ出ることがあるんだね」
「そりゃーそうですよ。......というよりは君が、俺の心を暴くことに関してチート級なんだと思ってたり」
「わ、やった。一度でいいから、私もチートって名乗ってみたかったんだ」

互いに、クスクスと笑いながら――。

俺は愛おしげに、彼女の頬を撫でた。

そして何かに突き動かされ。噛みしめるように――。

「......これから先。
 長い時を経て君と離れ離れになることがあったとしても――俺は、君の淹れてくれた優しさの味を忘れない」

――たとえ。いつか、俺たちを別れの時が引き裂いても。

「......これからも君が、
 ちょっと不思議で賑やかな日常を送れるように――魔王さま、頑張るからね」

............どうか、どうか。この喫茶アンシャンテで幸せになってほしい。

............いや。

「俺のチート級の愛で、君を幸せにするよ」

共に在れる時は限られても。

永遠に残る香り高い愛を、君に――。

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カヌス・エスパーダ
【今年をこの日を貴女と】

カヌスの花嫁になっても、アンシャンテは変わらない。
今日もティターニアたちを始めとした、たくさんのお客さんを見送って――。

「マスター、そろそろ休憩してはどうだろうか。テーブルを拭く作業は我が請け負おう」
「ありがとう、カヌス。でもカヌスも妖精界での仕事で疲れてるんだし、無理はしないでね?」

後片付けを一通り終えてから紅茶を淹れて、カヌスと同じテーブル席につく。
しっかりと蒸らした紅茶からは、花の香りが広がっていた。

「ふむ、やはり貴女の淹れてくれた紅茶は美味い......。我もメディオで妖精たちに振る舞うことがあるが、なぜこうも違うのだろうか」
「経験の差もあるだろうけど......。もしかして妖精界で取れた茶葉は、蒸らし時間とかが、人間界のものと少し違うとか......?」
「む、その可能性を失念していた。次の茶会で検討してみよう」
「そのときは私も一緒に行くよ。人間界にはない茶葉にも、興味があるから」

語り合いながら、同時に紅茶を飲めば――。

「..................」

カヌスが、気まずそうに沈黙してしまった。

「..................?」

......急にどうしたのだろう。
確かにカヌスは口数が多いほうではないけれど。
ゆったりとした時間を穏やかに楽しむことはあれど、気まずく思うことはないはずなのに......。

私が疑問を、首を傾げる形で表現すると、それを待っていたかのように――。

「......マスター、どうかこれを受け取ってはくれぬだろうか」

カヌスの懐から出てきたのは、一つの小箱。

「これは......?」
「......開けてみてほしい」

彼の許可を得て、小箱の蓋を開ける。するとそこには――。

「花のブローチ......?」

――それも。

「【あのとき】見えた、カヌスの瞳の色と同じ......」
「......! そ、そうだったのか?
 我は自分でも顔を見たことがない故、そこまで意識してはいなかったのだが......」

カヌスの首元の火が、照れたように桃色に染まる。
彼は頭をかく動作をしながら、慎重に言葉を選び――。

「............その。
 今日は貴女が我の花嫁となってくれた日――人間界で言う、結婚記念日だったはずだ。
 故に、日頃の感謝と――改めて愛を誓うために、何か贈り物を......と考えた結果、
 このブローチへと至ったのだが......」

受け取ってくれるだろうか? と問うカヌスの前で――。

「..................ッ」

私は、ぼろっと涙を零してしまった。

「......!? す、すまない!? もしや見当違いのものを贈ってしまったか......!?」

慌てたカヌスが、勢いよく立ち上がる。

「ち、違うよ、むしろ逆。長生きしているカヌスが、
 今年もこの日を覚えていてくれたことが嬉しくて......つい、泣いちゃったんだ」
「......マスター......」
「......ありがとう、私の騎士様。とっても素敵なプレゼント――嬉しいよ」

私は必死に涙を止めながら、カヌスに笑顔を向けた。

「......それは、我の台詞だ」

カヌスの大きく無骨な手が、伸びて――。

「カヌス・エスパーダという不器用な男を、何年経とうと愛してくれる貴女に――我は、心から感謝をしている」

私の目尻に残っていた涙を、優しく拭う。
その感触が嬉しくて、私はクスクスと笑いつつ――早速ブローチをつけてみた。

「これで、実質カヌスの瞳とお揃いだね?」
「う、うむ。なにやらむず痒い感覚だが......愛する花嫁とのお揃い、実によい響きだ。
 貴女と我で共通の物を持つことが、こんなにも嬉しいことだとは――」

感慨深く頷くカヌスに、私は今後、この色の小物や服を増やそうかな――なんて、サプライズを想像したのだった。

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イル・ファド・デ・リエ
【あなたとの愛しい記録】

「おお......! これが噂の、アイスクリームケーキなるものですか......!」

今日もグッズがたくさん並んでいる、イルの部屋。
テーブルの上に置かれた私の手作りケーキに、イルは歓喜の声を上げた。

「アイスとケーキ......。
 アイスの冷たさとケーキの甘さ......私の好物が統合された、こんなにも素晴らしい甘味が存在するとは......!
 人間界とはやはり素晴らしいです......!」
「あはは、喜んでもらえたならよかったよ。アンシャンテだと、保管の関係で滅多に作れないからね。今日は好きなだけ食べていいよ、イル」
「よ、よいのですか......! ......しかし。こんなに美味しそうなものを一人で食べるなど、天罰が下るのでは――」
「ミシェルたちの分は、別に作ってあるから大丈夫。これはイルのためだけに作ったものだよ」

ほわ......! と声を上げたイルが、嬉々と傍のお皿を取ろうとして――でも。

「マスター、どうしてこのような特別なデザートを私に? 今日は誕生日ではありませんが......」

食欲よりも疑問が勝ったらしく、私に不思議そうに問う。

「ええと、そうだね。説明が難しいんだけど......今日は一応、記念日ではあるんだよ?」
「? 恋人同士になった記念日は、また別の日ですよ......? 私以外の誕生日、ということでしょうか」
「ううん、そうじゃなくて――」

私は、イルの顔をじっと見つめて――。

「今日はね、イルが私を私という【個人】として、初めて見てくれた日だって......朝、夢に見て思い出したんだ」

アイスケーキを切り分けながら言うと、イルの無垢な瞳が瞬いた。

「それは......」
「最初はイル、私のことをおじいちゃんと【同じ個体】だと思ってたんだよね?
 その間違いを認めて、ちゃんと私として見てくれるようになったのが、確か今日だったんだよ」
「......言われてみれば。
 確かにあなたを草庵と別個体だと認識したのは今日だと記憶しています。
 今振り返ると、実に失礼なことでしたが......」

しょん、と落ち込んでしまったイルをすかさずフォローする。

「落ち込む必要はないよ。その分、イルに私しかないものを認めてもらえたとき、すごく嬉しかったんだから」
「......本当ですか?」
「本当本当、こんなことで嘘つかないよ。......あれが、イルのことをもっとよく知ろうと思った切っ掛けでもあったしね」
「......マスター......。私もマスターを、マスターとして見ることができるようになって、嬉しいです......!」

イルが甘えるように、私の肩口へと頬を寄せる。
......本当は抱きつきたいだろうに、アイスケーキを切っているので危ないと判断したようだ。

「............マスター......」

だけどそのぶん、甘えた全力で私の肩に頬を 擦り寄せ――。

「............だいすき、です。
 私との思い出を、すべて宝物としてくれるあなたを――何千年経とうと、私は心から愛しています」
「ありがとう。私もイルのことが大好きだよ。これからも――って改めて言うのも変な感じだけど、よろしくね?」
「はい......!」

この場で翼を広げそうな勢いで、イルは嬉しそうに返事をしてくれた。

「では早速頂きま――......」

そのままアイスケーキを嬉々と食べようとしていた彼だったが、その一切れをじっと見つめ。

「......どうしたの、イル? 遠慮せずに食べていいんだよ?」
「ふふ、私からもサプライズです。――最初の記念の一口は、マスターがどうぞ?」

あーん、とこちらにスプーンを差し出し【食べて】と促してくる。

「あ~、あはは......」

これは、してやられちゃったな。

「じゃあ、ありがたく。......イルと一緒にいると、ドキドキと嬉しさが毎日止まらないね?」
「私もです......。
 マスターと一緒にいると、様々な感情が芽生え。私はちゃんと生きているのだと――
 もう人形ではないのだと――自信を持つことができます」

ぱくり、とイルの差し出してくれた一口を食べると。

「あなたと過ごす毎日が、私にとっては愛おしい記憶です......!」

クリームが少しついた頬へ、甘えるようにキスを落としてくれたのだった。

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イグニス・カリブンクルス
【ぱぱとまま】

「......ん? 今日って、コロロがアンシャンテに来た日じゃねえか?」
「え、本当?」

隣の席でハンバーガーを片手に雑誌を見ていたイグニスが、ふと思い至ったように零す。

「おう、この雑誌見てみろよ。あの水族館で起きた騒動からちょうど一年だって書いてあんぞ」
「ああ、そういえば......。結局あの騒動って、近くでコレクターが飼っていた珍牛たちが逃げ出して起こした騒動ってことになったんだっけ......」
「......今思えば、だいぶ無理があるけどな。GPMの情報隠匿って、いつもんな適当なのか......?」
「きゅー?」

自分の話題が出たことに気がついたのか、私の膝で寝ていたコロロがひょっこりとテーブルに顔を出した。

「今日はコロロと出会った、特別な日ってことだよ? ......わかるかな」
「きゅきゅ、きゅるっきゅー!」
「んー......わかってんのか、わかってねえのか......」

そこまで言って、そういえば、とイグニスがハンバーガーを置いた。

「......こいつ。出会ってからだいぶ経ったけどよ、初めて会ったときから全然体が成長してねえな......?」
「............そういえば」
「きゅー?」

二人でじっと、ころころと転がるコロロを見つめる。
......その大きさは、出会った頃とほとんど変わっていない。

「他の大人の海魔は、それこそお前の膝丈ぐらい大きかった気がすんだが......。なんでこいつだけ小さいままなんだ?」
「......個体差かな? それとも海魔は、大人になるのに時間がかかるとか?」
「あー、その線もあるか。今度御門あたりに聞いてみようぜ」

イグニスは手を伸ばすと、私の膝の上にいるコロロの頭をわしゃわしゃと撫でた。

「きゅるー......♪」

その感触が気持ちいいのか、コロロがうっとりと目を細める。

「......この甘えたっぷりだと、まだまだガキだな。まあ急ぐことでもねえし、のんびり成長を待つか」
「......そうだね。コロロが急に大人になったら、それはそれで寂しいし」

すると、急に。

「きゅ......きゅきゅー......」

コロロがもごもごと、口を動かし始めた。

「......なんだ?」
「また何か新しい言葉を覚えたのかな」

と、二人で見守っていると――。

「きゅ、きゅあ......きゅきゅ......る......」


「ぱぱ、ままー」


........................。


「――は!?」
「え、コロロ!? 今、なんて言ったの......!?」
「きゅぱ、きゅまー」

今度は若干噛みながら、コロロは同じ言葉を繰り返す。

......その視線は、当然のようにイグニスと私に向いていて。

「「..................」」

恥ずかしさと嬉しさで、流石に二人揃って赤くなってしまった。

コロロの両親は、ちゃんとベスティアにいるのだけど――。

「......私たちを、人間界でのパパとママだと思ってくれてるの?」
「きゅー!」
「......ありがとう、コロロ」

たまらず、コロロをぎゅっと抱きしめる。――すると。

「――おい」

イグニスが私の名前を呼び。同時にコロロの目を大きな手で塞いでから。

「ん......っ!?」

噛みつくように、口づけされた。

「きゅー?」
「い、イグニス......!? コロロの前で何を......!?」
「......悪い。なんか――たまらなくなった」
「す、ストレート......!」

こうも堂々と言われては、責める気も起きなくなってしまう。

「もう......」

ため息をつきながら、私はイグニスとの距離を詰めて、彼に甘えるようにもたれかかってみた。

「......なんだよ。そっちこそコロロの前で甘えるなんて珍しいじゃねえか」

言いつつも、イグニスが不敵に笑う。そしてそのまま――。

「家族って言われて、嬉しいのはイグニスだけじゃないってこと。
 ......これからも私とコロロをよろしくね、......パパ?」
「きゅぱー!」
「おう、任せとけ。狼にとって番と子は世界で一番幸せにする対象だからな」

今度は二人でコロロの瞳を閉じながら、今度は重ね合う口づけを贈りあったのだった。

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凛堂香
【大人になった君と】

「それじゃあ、君の誕生日をお祝いして。......乾杯」
「か、乾杯......です」

凛堂さんの綺麗なマンションの一室で......。
ワインの入った光り輝くグラスを、軽く掲げて乾杯する。

ぎこちなくグラスを揺らした私を見て、凛堂さんはぷっと笑った。

「はは、そんなにガチガチにならなくても。何も高級レストランに来たわけじゃないんだからさ」
「それはそうなんですけど......お、大人の雰囲気に、なんだか緊張してしまいまして......!」
「確かに、こうして二人きりでワインを飲むのは、大人のデートではあるね」
「............!!」

大人のデート、という言葉に真っ赤になった私に、凛堂さんは色っぽく微笑んだ。

「うう、凛堂さんばっかり余裕があってずるいです......!」
「ええ? そんなことないよ。
 ......好きな子の誕生日のお祝いを、自分の家でしてるんだ。
 喜んでもらえるか、いきなり部屋に招くなんて、引かれないか――。
 ここ数日、そんなことばっかり、考えてたもんさ」
「......え、凛堂さんが?」
「そんなに意外?」

ワインの中の赤を揺らしながら、凛堂さんは言う。

「前も言ったけど、僕も【普通の男】だからね。
 好きな子......一生を誓い合ったパートナーとの記念日デートには、全力で気合いを入れてるよ。
 ......怖いお父さんたちの目もあるし?」
「......もしかして、また魔界警察から連絡が来ました?」
「うん、御名答。
 でも今回は『しっかりエスコートしてくるように』って、送り出された感じかな。
 ......過保護なお父さんたちも、少しずつ僕たちの関係を認めてくれているのかもね」
「......なんだか、嬉しいですね。
 結婚式では、ミシェルたちに凛堂さんの親族としてスピーチしてもらいましょうか......」
「いや、それはさすがに勘弁して......ミシェルたちもどんな顔すればいいのか、わからないでしょ......」

残念。いい案だと思ったのだけど......。

「それだけ、長い時間が経過したってことかな。
 時を短く感じるのは、ミシェルたち人外特有の感覚だと思ってたけど......。
 いざ迎えてみると、あっという間だね。君も以前より更に綺麗になって――」
「......本当ですか?
 私、凛堂さんに釣り合う大人になれてます?」
「はは、そんなこと考えたんだ。
 ......大丈夫。むしろ今は、ずっと停滞していた僕が、
 前に進み続ける君に追いついてるのか――少し不安になってるぐらいだよ」

ワインに映る自分の顔を見ながら、凛堂さんはぽつりと零した。

......凛堂さんも、私との関係で不安になることがあるんだ。

「......でも、それでも、私は凛堂さんと一緒にいたいです......」
「......そうだね。
 僕も君の速度に追いついて――共に歩む未来へと、一緒に進んでいけたらと思うよ。
 後悔も未練も、全部一緒に抱えながらで――重い男になると思うけど」
「抱えるものは、たくさんあるほうがいいですよ。
 もし重かったら......私が凛堂さんの分も、一緒に背負います」
「......ありがとう。
 やっぱり君みたいな子は、僕みたいな大人にはもったいないな。
 ......かといって、他の誰にも渡す気はないけど」

凛堂さんの目が、愛おしげに細められる。

「もう少し、
 僕が前を向ける大人になったら――君のご両親に会いに行こうか。
 歳の差に、びっくりしちゃうと思うけど......」
「凛堂さん......」

喜んで、と言おうとしたその時。

――コォン......。

「「............?」」

......と、窓の外から何かの鳴き声が聞こえたような気がした。
......いや、これは何かというよりも――。

「......狐の鳴き声?」

こんな都会の真ん中で......?

「こんな高層階にまで聞こえるなんて......」

凛堂さんと一緒に、窓の外を眺める。......けれど結局何も異変はなく、
視線をテーブルに戻せば――彼の座っている席の前に。

「............?」

――どこかで見たことのある。タコに似た魔除けの人形が置かれていた。

「......これは」

その裏には、拙い文字でこう書かれていた。

――『愛する女性と共に頑張れ、友よ。君なら幸せになれる』


――と。

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おまけ

ライターの中山様より3周年の節目で何かできたらいいよね、とご提案いただき
本編には書かれていないメインキャラクター5人に関する裏話を
ご紹介させていただくことになりました!
全ルートクリア済みの方向けの、ネタバレ含む内容になっていますのでご注意ください。


【ミシェルの秘密】
ミシェルが珈琲代を払うお金をどうやって確保しているか、気になっている方も多いでしょう。
彼がいる【終わりの世界】には当然、お金に換金できるものはありません。
なのでミシェルは人間界に来た直後、自身にピアノの適正があると知ったときから、
あちこちの酒場やレストランを回って、素性不明のピアニストとしてピアノを演奏し、お金を稼いでいました。
凄腕のピアニストがいると噂が噂を呼び、高級レストランなどにも呼ばれ続けた結果、
30年分の珈琲代を貯金できるほどのお金を稼いだわけです。
ミシェルはその界隈では現在も【幻のピアニスト】として語り継がれています。

......どうして彼が、ピアノを演奏することができたのか。それは本人もまったく覚えていません。
気が付いたらそのような技術が身についていたとのこと。


【カヌスの秘密】
常連メンバーの中で唯一、幼少期の琴音と交流があったカヌスですが......。
実は、琴音があのとき草庵に紹介された少女だとはまったく気づいていません。
当初はそこまでアンシャンテに長居する予定はなく、別れが辛くならないように少女の名前を聞かなかったのも理由の一つですが......。


本編や一問一答でも触れていますが、妖精は成長しない生き物。
【成長】という概念に慣れていないカヌスは、あのとき交流した少女と琴音が、まったく結びつかないのです。
現に近所の少年少女の変化に、未だに驚き戸惑っています。


ですがお互いに覚えていないだけで、肩車や高い高いなど、かなり遊んでもらったみたいです。
琴音はカヌスに懐き、彼が来店している間は後をくっついて回っていました。


【イルの秘密】
アンシャンテに来た当初、
どうして草庵に怯えていたイルがミシェルの言葉に反応したのか?
それはミシェルの【色】です。
【白】=正天使の追手。【黒】=追憶の使徒たち堕天使の翼と同じ。
と認識していたため、白髪の草庵には怯え、全身真っ黒なミシェルには反応を示しました。


またイルは来店当初睡眠も食事もまともに取ることができませんでした。
(完全管理されている断罪の天使に余計な異物によるエネルギー摂取は不要とされていたため。
他の天使たちは普通に食事し睡眠することができます。
イルの持っている休眠の機能はパソコンでいうスリープモードのようなもののため、
眠りには入りません。現在は両方ともしっかり取得できています)
そこでミシェルと草庵が【しっかりと食感があり、負担が少ないもの】としてアイスなら食べられるのではないか、と思い立ち、
実際に食べた結果イルは衝撃を受け、初めて【冷たい】【甘い】、そして【美味しい】【好き】という感情を得たのです。


【イグニスの秘密】
既にお察しの方もいるかもしれませんが、イグニスルートは【北欧神話】をモチーフにしています。
・【喰界狼(ヴァナル)】=【フェンリル】の別名【ヴァナルガンド】。
 に、狼に関する様々な神話生物のエピソードを肉付け。
・ドローミ=フェンリルを拘束するために用意されたが、破られてしまった鉄鎖。などなど......。


他にもシナリオの展開など、様々な繋がりがあるので、興味がある方は調べてみてください!
なおアンシャンテでは、ベスティアで繰り広げられた始祖喰界狼との戦いが、
ホールを介し、北欧神話として名と形を変えて人間界に伝わった......ということになっています。
喰界狼をホール越しに見た人間が、その巨体と恐怖を忘れないように神話として後世に伝えました。
イグニスルート3章で出てくる本に掲載された狼のイラストは、北欧神話を知っている人への特大ヒント、という仕掛けになっています。
コロロが本を見つめ続けていたのも、祠の壁に描かれている絵と、よく似ていたからですね。
ドローミが破られた鎖の名を持っているのは、役目を忘れ封印を解き放ってしまうという一種の皮肉になっています。


【凛堂の秘密】
あまり自分のプライベートというものを作らない凛堂ですが、
実は琴音が来店するまでの間、アンシャンテをGPMの強引な調査から守っていたのは彼です。


琴音がアンシャンテに関わることに肯定的ではありませんが、何も知らない第三者があの店の行く末を勝手に決めるのは何か違う、と感じていました。
せめてある程度ごたつきが収まって店に行けるようになったあと、常連が揃った状態で話し合うべきだと思っていたようです。
また凛堂は気づいてませんが。アンシャンテを守るのに御門もこっそり力を貸しています。
自分とは違う方向性で凛堂を支えているアンシャンテの存在の大きさに、彼は人外の価値を抜きにちゃんと気がついているようでした。
凛堂が心安らげるアンシャンテに感謝もしているようです。

3周年記念のSSと裏話はいかがでしたでしょうか?
今後とも幻奏喫茶アンシャンテをよろしくお願いいたします!

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