ワリコミ! 幻奏喫茶アンシャンテ ミシェル・アレックス誕生日SS
――11月11日。
――冬を目前に控える、喫茶アンシャンテにて。
*
午前7時。
いつもならばマスターである琴音以外、
店にいることも少ない時間帯だが......
今日という特別な日に限っては、
ミシェル以外の常連たちが勢ぞろいしていた。
イグニス
「......いよいよか。
お前ら、準備は抜かりねえだろうな」
カヌス
「――うむ。
店内の装飾、専用のプレートにロウソク......
その他諸々、買い忘れたものはあるまい。
備品の用意は完璧だ」
凛堂香
「こっちも準備万端。
琴音ちゃんも――ん、OKだね。
......ちなみにだけどさ。
ミシェルが勘付いてる可能性は?」
イル
「おそらくないかと。
毎年のことですが......
ミシェルは、他者の誕生日は忘れないというのに、
自分の誕生日に限ってはまるで覚えていませんから」
イグニス
「あいつらしいっちゃ、あいつらしいけどな。
......ま、けど誕生日つっても、
未だにピンと来ねえのはオレにもわかる」
カヌス
「ふふ......
1のゾロ目で覚えやすい――と決めたのは、
他ならぬミシェル自身なのだがな」
凛堂
「ははは。
けど、それならそれで
思う存分祝えるってもんだね」
イル
「――さあ。
ミシェルが来るまでもう時間もありません。
皆で、最後の仕上げにかかるとしましょう」
* * *
――1時間後。
ドアベルを鳴らしつつ、
明るい笑顔で来店したミシェルへ――。
明るい笑顔で来店したミシェルへ――。
ミシェル
「――おっはよー。
可愛いマスターさん。
早速だけど、モーニング珈琲の注文を――」
全員
「「「「「 ハッピーバースデー! ミシェル!! 」」」」」
掛け声と共に、響き渡るクラッカー。
そこから飛び出した紙テープや紙吹雪が、
彼の黒い服や、角へと絶妙に引っかかる。
彼の黒い服や、角へと絶妙に引っかかる。
ミシェル
「............へ」
琴音も彼の前に進み出て、
【誕生日おめでとう】と
笑いかけるものの――。
ミシェル
「............?」
未だキョトンとしているミシェルに、
カヌスとイグニスは苦笑いを零した。
カヌス
「はは......やはり、今年も忘れていたか」
イグニス
「長生きしすぎてボケてんじゃねえだろうな」
ミシェル
「え......ハッピーバースデー......誕生日......」
ミシェル
「............」
ミシェル
「..................。
――あ! ああ~っ! 俺の誕生日!?」
イル
「ミシェルのこの反応も、毎年のことですね?」
凛堂香
「ふふ、とりあえず――
ここで突っ立てるのもなんだし、店内に移ろう。
皆が気合いを入れて準備した、おもてなしをどうぞ......ってね」
* * *
思わず笑顔になったミシェルは
体についたリボンなどを取りつつ、
琴音や常連たちに導かれ――。
ミシェル
「おお~っ......!
すごいな、飾り付けまでしてくれたの?
これ大変だったんじゃ......?」
ミシェル
「っていうか、去年まではそれこそ、
いつものお茶会みたいな感じで簡単に済ませてたのに。
今年のは派手というか。可愛い雰囲気があるけど――」
凛堂香
「そりゃそうさ。
今年のパーティーのプロデューサーは、
琴音ちゃんだからね」
ミシェル
「え? 琴音が......?」
うなずく琴音は、少し照れつつも......
ミシェルへと微笑みながら――こう告げる。
――【私にとってミシェルの誕生日は、今年が初めてだから】
――【マスターとして。
大事な常連さんが生まれた日を、
自分なりに、頑張って祝いたかった】
それを聞いた、ミシェルは――。
ミシェル
「..................」
ミシェル
「..................そっか」
ミシェル
「..................そっかぁ。君が......」
彼女のその言葉を......
噛みしめるように、何度も繰り返した。
イグニス
「――はっ。
んだよ、その柄じゃねえ反応は。
まさか泣いてんじゃねえだろうな?」
ミシェル
「――ふ......あっはっは。
泣きそうなくらい嬉しいけど......泣かないよ。
こんな素敵な光景、一秒たりとも涙で滲ませたくない。
大好きなマスターと、仲間に。
誕生日を祝ってもらえてさ――」
ミシェル
「......俺って......幸せ者だなあ」
カヌス
「............。
それは我らも同様だ。
仮初とはいえ今日は間違いなく、
ミシェルの誕生日なのだから」
イル
「ええ。改めて――
お誕生日おめでとうございます、ミシェル」
ミシェル
「............」
ミシェル
「あ~............はは、ダメだ。
ほんと......ちょっと感激のあまり、
うっかり惑星のひとつやふたつ
木っ端微塵にしちゃいそう......」
凛堂香
「......そ、その感情表現はやめてほしいなあ」
イグニス
「――おら。
しんみりはその辺にしとけっての、ミシェル。
せっかく琴音が美味いメシ作ってんだ。
たらふく食うとしようぜ」
ミシェル
「ん、そーだね。
――じゃ、年に一度の特別な一日......
めいっぱい楽しませてもらおうかな?」
* * *
カヌス
「......よし。
では食事も一段落したところで――
琴音、例の準備もお願いできるだろうか。
......ああ、よろしく頼む」
ミシェル
「お? なになに?
こんなに豪勢な料理の他に、
まだ何かあるの?」
カヌス
「ふふ、それはまだ秘密だ。
だがその間......
我らからの【贈り物】をお披露目するとしよう」
ミシェル
「え。贈り物って――」
イル
「俗にいう【誕生日プレゼント】、というものですね」
凛堂香
「去年までは、なんていうか......
草庵さんがざっくばらんなこともあって、
男同士の、いい意味で雑な誕生日会だったけどさ。
こうやって、お祝いの気持ちを形にするのもいいかなって」
イグニス
「......ま。
これも琴音の案だからよ。
あとでせいぜい感謝しといてやれよ」
ミシェル
「ふふ。次から次へと、新鮮な体験だなあ
じゃ、遠慮なく受け取らせてもらおうっと」
カヌス
「うむ。では。
まずは我から――......【珈琲豆】だ。
専門店の者に相談しつつ選んだものだ。
深い苦味が特徴、と言っていたぞ。
ミシェルが気に入るといいのだが......」
ミシェル
「わ。ありがとー。味わって飲むよ」
カヌス
「うむ。
機会があれば我もご相伴にあずかろう」
イル
「では次は私から。こちら――【珈琲豆】です」
イグニス&凛堂
「............」
イル
「これは探すのに苦労しました。
何でも希少な珈琲豆だそうで、
とあるネコが食べた珈琲豆を消化せず、
糞として排出したところを採られた――」
カヌス
「糞!?
そ、それは口にして良いものなのか......?」
イル
「無論です、
きちんと洗浄されているらしいので。
むしろ、作用により味わい深くなっているそうですよ?」
ミシェル
「あ~、これが噂の?
......すごいね。
草庵から話は聞いてたけど、
こうしてアンシャンテで飲む機会が来るなんて......。
飲むのが楽しみだよ」
イル
「ふふふ。
そう言ってもらえると、頑張ったかいがあります......!
次は............おや?
イグニスに凛堂、どうしたのですか?
そんな視線を明後日の方向に――」
イグニス
「あ~......」
凛堂香
「いや、その......
安直かなーとは思ったんだけどね......?
でもやっぱ確実に喜んでもらえるかなあって......」
ミシェル
「............あ。
わかった。はははー、そういうことね」
カヌス
「ふ、考えることは皆同じ――か」
イル
「......? どういうことです?」
おずおずとイグニス、凛堂の両名が取り出したプレゼント。
それは形は違えど先の2名と同じく――。
ミシェル
「......【珈琲豆】。
うん。大丈夫、
俺が珈琲好きなのは事実なんだし、
豆はいくらあっても困らないさ」
ミシェル
「それにホラ、皆うまく違う種類の豆を選んでくれてる。
それって皆が俺のためにそれぞれ、
一生懸命どの豆がいいか、
考えてくれたってことでしょ?
それって、すごく嬉しいよ」
イグニス
「......ま、まあお前がいいなら、
オレらは構わねえけど......」
凛堂
「......だね」
――と。和やかな空気の中、
厨房から琴音が一際大きなお皿を
ミシェルの目の前へと運んでくる。
それは――。
ミシェル
「......誕生日ケーキ......!? 君の......手作りの?」
確認するかの言葉に、琴音は微笑んでみせる。
ミシェル
「――うわぁ~、すごいすごい!
めっちゃ本格的じゃない!」
まるで子供が喜ぶかのように。
驚きの声を上げながら、
ミシェルは目を輝かせて
琴音の手作りケーキを観察し始める。
ミシェルは目を輝かせて
琴音の手作りケーキを観察し始める。
ミシェル
「この上に乗ってる――
悪魔っぽい可愛い砂糖菓子は......俺かな?
ふふ......角の部分がぴょこってしてるし、
すぐにわかっちゃったよ」
ミシェル
「あぁ~。
なんかこれだけキレイだと、
食べるのもったいないなぁ。
できれば永久保存したいぐらい」
凛堂香
「はは、気持ちはわかるけど。
こういうものはちゃんと食べてこそ、でしょ?」
イル
「ええ。凛堂の言うとおりです。
というわけで、早く皆で切り分けましょう」
イグニス
「てめえは単にケーキが食いてえだけだろ」
ミシェル
「うう~、仕方ない。
ここは断腸の思いで......!
ナイフを入れますか......!」
カヌス
「忘れずにロウソクの火を吹き消すのだぞ」
イグニス
「勢いあまって、
ケーキつか。
テーブルごと吹き飛ばすなよ?」
ミシェル
「わかってますとも。
それじゃ。失礼して......っと」
ふぅっ――と。
ミシェルがロウソクの火を丁寧に吹き消すと同時に。
彼の誕生日を祝う拍手が再度、アンシャンテの店内に響き渡った。
* * *
誕生日パーティーも終わり――。
それぞれの常連客たちが、
自室や自分たちの世界に戻ったのち。
最後に残っていたミシェルは、
しばしカウンター席でのんびりとしていた。
ミシェル
「は~~っ!!
今日は思いっきり騒いだなぁ~!
めっちゃ楽しかった......!」
ミシェル
「けーどー。
最後のカードゲームで凛堂と引き分けになったのは、
ちょ~~~っと、悔しいかな......!
それまで連戦連勝だったから、油断した......」
くすくすと微笑む琴音と2人きり、向かい合う。
ミシェル
「......琴音。
今日は、本当にありがとう。
毎日の営業もあるのに......
俺のためにわざわざ、パーティーを開いてくれて」
ミシェル
「俺も君の誕生日には、
とっておきのプレゼントを用意してあげるからね。
例えば~......そうだな..................【国】とか?」
そう言うミシェルに、
彼なら本当にやりそうだと、琴音は苦笑いを浮かべる。
ミシェル
「......ふふ。
じゃ、俺もそろそろ戻るよ。
本当ならもう少し、パーティーの余韻を
味わいたいトコだったけど」
言いながら、カウンターから立とうとしたミシェルを。
――【待って】
と。琴音が制止する。
ミシェル
「ん?」
――【まだ私から、誕生日プレゼントを渡してない】
* * *
厨房から戻ってきた琴音から、
ミシェルへと差し出されたのは――。
コーヒーカップの中で、
湯気を上げつつ揺らめく黒。
淹れたての――珈琲。
ミシェル
「これって......?」
尋ねたミシェルに、琴音は頬を染めて笑った。
――【私から、ミシェルへのプレゼント。
今日までに、何度も配合を考えてたんだ】
――【この日のためだけの、一杯】
――【ミシェルをお祝いするための、とっておきの一杯】
――【あなたの誕生日専用の、スペシャルブレンドだよ】
ミシェル
「........................」
言われた、瞬間。
ミシェルの――。
ミシェル
「..................っ!」
顔が。
頬が。
ミシェル
「あぁ~~~......っ、えと。その......。
ちょっ......っと、ごめん。
ストップ、ほんと。
いったんタンマ――......!」
誤魔化しきれないほどの、歓喜と熱に染まった。
ミシェルは慌てて片手で顔を隠し、
なんとか誤魔化そうとするものの。
ミシェル
「..................」
ミシェル
「........................ダメ。嬉しすぎ」
降参とばかりに、すぐに隠すのを諦め。
赤く染まり、緩みきった顔を晒す他なかった。
ミシェル
「ただでさえ、
誕生日に君が入れてくれた珈琲を味わうことが
俺にとってはものすごく贅沢なことなのに......」
ミシェル
「それを......この日のための。
俺の誕生を祝福するための一杯――なんて。
そんな念押しされるように、
真っ直ぐに言われたら――......」
ミシェル
「..................反則でしょ。
いくら俺でも――照れちゃうよ......」
ミシェルはゆっくりと――
彼女の手からカップを受け取る。
そして僅かに、熱で潤んだ翡翠の瞳を琴音に送り......。
ミシェル
「............本当に。
ありがとう、琴音。
俺の......大切なマスター」
ミシェル
「優しい珈琲の香りがする、このアンシャンテで......」
ミシェル
「君と。
今日という日を過ごせたことに、最大の感謝を――」
終わり