夏空のモノローグ その18

オトメイトスタッフブログをご覧の皆様、こんにちはー。
【夏空のモノローグ】担当、デザインファクトリーの一(にのまえ)ジョーと申します。


第18回更新となります。
20回まであと2回!

いつも見てくれている皆さんのために、
記念に何かやれたらいいなあ~、とか思っているのですが、
皆それぞれ別ラインで修羅Barを迎えているので……どうなるかな(笑)


ちょっとまずは謝罪を。
先週のssなのですが、ジョーの手違いで公開から20分間くらい
一部テキストが丸々抜け落ちていました。本当に申し訳ないです。


すぐにメールフォームに連絡をくれた人もいました。
期待して見てくれていることに感謝しつつ、
指摘して頂きまして、ありがとうございます。


さて、
気を取り直しまして本日のブログも行ってみましょう!
今日の企画ssですが、


……えー……と……


前回より更に長いです(笑)


大ではなく、もはや超ボリュームとなっています!
是非、楽しんでいってくださいね!!


ではではっ!
本日の【夏空のモノローグ】blogスタート~。

 

 
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『夏空最新情報』
今回は既存情報のみとなります。
項目に『企画ss』を追加しました。

 

■企画ss
 前回の第17回ブログより掲載されています、募集企画ss!

 こちらは『まだ本編を遊んだことがないんだけど……』、
 という方でも楽しめるような内容になっていますので、
 『気になるけど中身を知ってから買いたいなあ』、という方には必見、
 『ネタバレとかしていたら嫌だなあ』という方でも安心して読んでいただけますよ!

 キャラクターそれぞれの個性が満点のこの企画、
 少しでも購入への後押しになれば嬉しいです!


■発売記念ss
 7/29日、【夏空のモノローグ】発売に伴って公式サイトにて公開されました、
 発売記念ss!
 内容はゲーム本編とは違った構成となっていますが、
 科学部らしさをたっぷりと詰め込んだssになっていますので、
 まだ買っていないんだけど、
 『夏空ってどんなゲームなのかな~……』と気になっている貴女!
 体験版とあわせて、お試しな感覚で楽しんでいってくれれば嬉しいです!


■バナーキャンペーン結果発表
 ゲーム発売まで、公式サイトにて行われていましたバナーキャンペーン。
 その際の質問、
 ・『ゲームで気になる所は?』
 ・『夏休みを一緒に過ごしたいのは?』
 ・『好きな季節は?』
 といったアンケートの集計結果が発表されています。


■【夏空のモノローグ】製作秘話
 本作を製作するうえでの、
 企画・構想の逸話など、作品への真摯な想いが綴られています。
 プレイ前、プレイ後、どちらで読んでも問題ありませんので、
 一度は読んでいただけると幸いです。

 

以上、『夏空最新情報』でした~。



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そして本日のスタッフコーナーは…………!!

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楽しみにしていたみなさんごめんなさい……冒頭に書いたように、
ちょっと皆各所で、修羅バーニングソウル状態なので…… ;w;

代わりといっちゃあなんですが、
またジョーからプレゼントを。


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はい、10分で描いた葵ちゃんです。
【パフェうまし】
とかそんなこと言ってるに違いありません。


先週の『葵祭り』。
楽しんでいただけましたかね?

全員が原画経験を持つという集団の中に
なぜだか混ざりこんだジョーでしたが、
実はもう一枚葵を描いていたりしました。

……どんだけ、葵好きなのよジョー、とか思った貴女!
……間違ってませんよ(笑)


夏空男性陣イラスト企画とか、またやりたいですねえ。
皆カッコいいですもんね。


あ、ちなみにこの画像も
前の部長誕生日イラストと同じく、
ご自由にお使いくださいね~。


以上、ジョーしかいなかったけど、
スタッフコーナーでした~(笑)



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さて!!!
皆様お待ちかねのss企画!

今回のテーマは夏合宿。


えー、前回は普段の3倍ですとか言いましたが……
今回はその、なんだ……5倍くらいあるな……(笑)

……。

…………。

………………。

ええい、この際労力など関係あるものか!
それもこれも、夏空を愛してくれる皆さんのため!!

今日も 全☆力 で!

皆さんをによによさせちゃいますよ!!
それでは、夏空webss募集企画第2回作品、スタートです!



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【ss募集企画 第2回 永遠】


小川  :えーと……この録画っていうボタンを押せばいいんですか?

浅浪  :んー? そうそう。それでもう、録れてるはずだ。

小川  :ええ、もうですか?
     これでもう録れてるんですか?
     最近のビデオカメラは進歩しているんですね!


運転席の先生にカメラを向けると、先生は少し心配そうに笑った。


浅浪  :あー……壊さないでくれよ?
     それ、教頭に無理言って借りてきたんだから。
     すげえ高いらしいぜ?

小川  :ハイ、この旅行の一部始終は
     この私、小川葵がきっちり録りますから。

 


手始めに車の外に見える景色にカメラを向ける。
初夏の日差しが山の緑を輝かせていた。
空は真っ青で雲ひとつない。 

窓から入り込む風はとても爽やかで涼しい。 

山の間を縫うようにして伸びるアスファルトの道を、
私たちを乗せたミニバンは、夏の空気を切るように走る。 

現在、年に一度の科学部の合宿中。 

私たちは部長さんの紹介である湖に向かっていた。

 


沢野井 :おお! 準備は整ったのかね! 小川葵くん!

小川  :はい、一応。

部長さんが、助手席に身体を乗り出してこちらを見て笑う。
それから私は、カメラを車の後部座席に向ける。

カガハル:うぉお! 俺は先輩の隣がよかったのに!
     なんで篠原が隣に座ってんだよ!

篠原  :くじ引きなんだから仕方ないだろ。
     僕の身にもなれよ、もう3時間もお前のバカでかい声に
     耐えてるんだぞ。

沢野井 :ふははは!! 青い空が! 深緑の山々が!!
     僕の科学的想像力を刺激するのだぁあ!!

木野瀬 :ぶ、部長! 窓から顔を出すのは止めてください!


相変わらず賑やかだなあ、うちの部は。
そんなことを少し笑いながら思う。


木野瀬 :お、記録係。準備ができたのか。

小川  :うん。
     ――あ、そうだ。
     副部長さん、今回の合宿の意気込みをどうぞ。

木野瀬 :!! ……や、やめろよ。
     そういうの。俺、アドリブ弱いんだよ。

カガハル:はいはい! じゃあ俺が代わりに意気込みを!
     旅行によって開放的になった先輩のハートを
     今度こそ射止めたいと思います!!

篠原  :カガハル、お前の目的は違うじゃないか。
     お前ずっと、先輩の水着姿が見られれば
     死んでもいいって言ってただろ?

小川  :え……。

カガハル:や、やめろよな篠原! そんないやらしいことを、
     このピュアハートカガハルが考えてるわけないだろ!!

小川  :そ、そうだよね。よかった……。
     私、水着なんて持って来なかったから……。

カガハル:え……そんな……バカな……。


カガハルくんががっくりとうなだれ……
次の瞬間顔を上げて叫んだ。


カガハル:一眼レフカメラ……用意してきたのにぃいいい!!

浅浪  :うわー……ちょー楽しみにしてたんだな、お前。

木野瀬 :そ、そうか……小川は水着姿にはならないのか……。

篠原  :木野瀬先輩?
     何を地味にショックを受けてるんですか。

木野瀬 :し、ショック!? そんなバカな!
     お前そんなお前、俺がそんなことお前!

篠原  :……落ち着いてください。
     あと、その怖い顔であまり近づかないでください。

小川  :あ、あの……そこまで期待されてもその……
     多分がっかりさせるだけなので。

カガハル:そんなことはありません! ひょっとしたら控えめな胸のことを
     気にされているのかもしれませんが!!
     むしろ芸術的観点から見れば全体の均整が取れて……あ……。

 


……。

…………。

 


小川  :私、合宿の間はカガハルくんと口を利きません。

カガハル:えぇ!! い、いやそのあの、
     今のは先輩の美しさを表現するための
     言葉のあやというやつでですねっ!?

小川  :木野瀬くん、お菓子食べる?

木野瀬 :あ、ああ、ありがとう。

カガハル:せ……先輩?

小川  :先生、目的地にはあとどれくらいですか?

浅浪  :ん~もうすぐだな。
     あと20分くらいか?

カガハル:あの……先輩?

小川  :…………。

篠原  :嫌われたな……カガハル。

カガハル:のぉおおおおお!!

木野瀬 :ま、まあ落ち込むなよ。カガハル。
     男同士で友情を深める合宿にすればいいじゃないか。

カガハル:いやだぁあ! こんな怖い顔の先輩と友情を深めるために、
     俺はこんなところに来たわけじゃないんだぁあ!!

木野瀬 :なんだとこの野郎。


沢野井 :諸君!!
     くだらないことで言い争っている場合ではないぞぉおお!!


浅浪  :っかー、相変わらずうるせぇなあ、お前は。
     でかい声出すなってーの。

篠原  :くだらなさの塊ともいえる部長にくだらないと
     言われるのは納得いきませんが、何かあったんですか?

沢野井 :はっはっは!! よくぞ聞いてくれた!! 篠原涼太くん!
     ……ん? 今、一瞬おそろしくバカにされたような気がしたが
     気のせいかね?

篠原  :気のせいですよ、部長♪

沢野井 :そ、そうか、ふむ、気のせいなら仕方ない。

木野瀬 :何かあったんですか、部長?

沢野井 :ふむ!! この合宿に関する僕の知識が確かならば!
     そろそろ右手前方に……。

浅浪  :おぉ! 湖が見えるぞ! お前ら!

全員(沢野井以外):えぇ!?

沢野井 :僕のセリフを取るなぁ! 浅浪顧問!!

 


先生の言う通り、
間もなく山の向こうに青い湖面が顔を出す。 

窓から入り込む風が変わる。
水気を含んで、涼しさが増した。 

私たちはみんなして子供のように窓に寄って、
これから向かう湖が、夏の日差しにキラキラと輝いているのを見た。

 


木野瀬 :おお、これはすごい!

カガハル:湖だー!

篠原  :へえ、いいところみたいですね。

小川  :うん、すごくきれい!

浅浪  :まあ今年は、
     去年みてーに無人島に置き去りとかはなさそうだな!

木野瀬 :ああ……あれは最悪でしたね。

沢野井 :ははは、楽しい思い出話に興じている場合ではないぞ!!


浅浪・木野瀬:いや、楽しくはなかった。


小川  :でも、今回はトラブルのない、
     素敵な合宿になりそう!!

沢野井 :失礼な!
     まるで前回の合宿がトラブル続きだったような言い方を!

浅浪・木野瀬:トラブルしかなかったよ!!


沢野井 :ひどい! 去年だってがんばって企画したのに!!

小川  :さ……サバイバル生活も結構楽しかったような……。

沢野井 :そうだろう!? 君はよくわかっているな!
     小川葵くん!!

浅浪  :やめとけやめとけ、
     変にフォローすると調子に乗るぞ。

篠原  :……一体何があったんですか、去年の合宿。

小川  :うん……色々ありすぎてうまく説明できないよ。

木野瀬 :今年はまともそうでよかったじゃないか。
     見ろよ。大分湖が見えてきたぞ。

小川  :わ! ほんとだ!
     素敵だね! 木野瀬くん!

木野瀬 :まあな。

沢野井 :ふははは! 僕が選んだロケーションだぞ!
     間違いがあるはずないだろう!

浅浪  :それが一番の不安要素だっての……。

小川  :でも、ほんとにきれい。
     ……さすがです! 部長さん!

沢野井 :ふーははははー!!
     もっと褒めてくれてもよいのだぞ!
     小川葵くん!! この天才紳士に限っては、
     いくら褒めても、褒めすぎということはないのだからな!

篠原  :変態紳士がどうかしたんですか?

沢野井 :天才紳士だ!!

木野瀬 :全く、目的地に着く前から騒がしいな。

小川  :うん、でも……私は楽しいよ。

木野瀬 :……まあ確かに、悪くはないか。

カガハル:葵先輩!
     ふたりで幸せな思い出をたくさん作りましょうね!

小川  :…………。

カガハル:心優しい先輩が俺だけをあからさまに無視しているぅうう!!

篠原  :それだけ怒ってるということですか?

小川  :そういうことです。

カガハル:せーんぱーいー!!

木野瀬 :諦めろカガハル。
     小川はわりと根に持つ方だぞ。

 


空は青く、風は気持ちいい。
車は一路、湖に向かって他に車のない道を快適に走っていく。

 

 


【旅館にて】

やがて車は目的地へとたどり着く。
湖畔に立つ、どっしりとした和風の旅館だ。 

歴史を感じさせる落ち着いた趣き。
けれどけして、古びた、という印象は感じさせない。 

私たちが車を降りるとすぐに迎えが来て、
荷物を持っていってくれた。


小川  :すごい……江戸時代のお屋敷みたい。

沢野井 :推理小説で殺人が起こりそうな舞台だな!!

篠原  :……不吉なことを言わないでくださいよ。

木野瀬 :ここは確か、カガハルが予約してくれたんだよな。

カガハル:ふっふっふ! よくぞ聞いてくれました!!
     湖が近く、景色も絶景。
     飯もうまいし、露天温泉も最高だとか!!
     偶然にも、部長のご両親とも面識があるとのこと。
     顔馴染みのよしみで、宿泊料も特別に格安にしていただきました!!

浅浪  :そして酒もうまいらしいな……沢野井。
     うまい酒、うまい飯、素晴らしい温泉。経済的な宿泊日!
     お前という教え子がいたこと、俺は誇りに思うぜ!!
     いやっほう!!

木野瀬 :先生、いい大人がはしゃぎすぎです。
     恥ずかしい。

小川  :子供っぽい先生も素敵です!

カガハル:先輩先輩! 俺も結構子供っぽいと言われますよ!

小川  :…………。

カガハル:俺は一体いつお許しをいただけるんだぁあ!!

 


それぞれ宿泊する部屋に荷物を置いて、
私たちは再びロビーに集合した。
 

当たり前だけれど、科学部唯一の女子である私はひとり別室で、
少し寂しい気持ちになったけれど、ロビーに集まっているみんなを見て
そんな気持ちも吹き飛んだ。

 


沢野井 :さあ諸君!
     合宿を全力で楽しむための僕の計画が火を噴くぞ!!

木野瀬 :部長が計画したんですか!?

浅浪  :火を噴く……なんて的確な表現だ。

篠原  :部長の計画や実験は大体の場合、
     文字通り、物理的に火を噴きますからね……。

沢野井 :諸君、その衝撃を受けたような顔はなんだね。
     申し訳ないが、今回は科学的要素はなしだ!!
     科学から距離を置くことで、新しい着想を得ることもありうる!
     本日だけはたぎるサイエンス魂を一時忘れ、存分に楽しむがいい!!

木野瀬 :俺の記憶が間違ってないなら、
     サイエンス魂をたぎらせたことは
     一度もないんですが……。

 


そんな感じで、私たちは湖の観光にでかけたのでした。

 

 


【湖と部長さんと】

みんなで湖の岸辺までやってくる。
 

白い砂浜と青い水面。
間近で見ると湖底が透けて見えるほど、綺麗な水だった。
 

緩やかに湖面を渡る風は涼しくほおをくすぐっていく。
私たち以外に人影はなく、とても静かだ。
 

低いところにあるちぎれ雲が一片、
湖に影を落としながら風に流されていった。
まるで南の島にでもきているかのようだ。
 

みんなで協力して旅館で借りたパラソルを立て、
テーブルと長いすを設置。
のんびりする用意は万端だ。

 

木野瀬 :よし、とりあえず泳ぐか!
     と、言いたいところだが……。

木野瀬くんが少し気を遣うように私を見たので、
私は笑みを浮かべてみせる。

小川  :いいよ。私はこっちでのんびりしてるから。
     いってらっしゃい。

木野瀬 :そうか、悪いな。

 

木野瀬くん、カガハルくん、篠原くん。
3人が湖に向かうのを見送って振り返る。
 

先生はすでに麦を原料にしたアルコール飲料を片手にくつろぎ、
部長さんは少し目を細めて、湖岸からの眺めを見つめていた。

 

小川  :本当にきれいな場所ですね。
     人も少ないし、なんだか不思議な感じです。

沢野井 :幼い頃、一度家族で来たことがあってな。
     まるで楽園のような場所だろう?
     印象に残ってずっと忘れられずにいた。
     いつかもう一度行こうと思っていたから、今回はいい機会だ。


そういう部長さんの横顔はなぜか少し寂しそうだった。


沢野井 :待ちたまえ、しょくーん!!
     部長の登場を待たずして勝手に盛り上がるとは何事だ!
     ずるいではないか!!

 


突然大声でそう言って部長さんは砂浜を駆けていく。

 


小川  :部長さん……。

浅浪  :どうした?

小川  :そう言えば、部長さんって、
     あまり自分のことを話さないなと思って……。

浅浪  :ま、あいつにだって色々あるさ。


長いすに寝そべったまま、先生は微笑んでみせた。


浅浪  :相手が知られたくないと思っていることを、
     知らないままでいてやれるってのも、
     ひとつの思いやりだぜ?


きっと先生の言う通りなのだろうと、私は小さくうなずいた。

湖を泳ぐ木野瀬くんたちがこちらに手を振り、私も手を振りかえした。
強い日差しは砂の上にパラソルの濃い影を作った。
セミの声が、遠くから聞こえている。


浅浪  :夏だなあ……。

小川  :夏ですねえ。


先生の呟きに、なんだか穏やかな気持ちで私はそう返した。

 

 


【熾烈!! あひるさんボート対決!】

砂浜を移動して、
今、私たちは貸しボート屋さんの前に来ている。

沢野井 :さあ、諸君! いよいよメインイベントの始まりだぞ!!

木野瀬 :部長の言葉に……鳥肌が立っている……。
     これは何かよくないことが起きる兆しだ。

小川  :き、聞くのが怖いね、木野瀬くん。

沢野井 :よく聞きたまえ諸君!!
     湖と言えばボート、ボートと言えば湖!!
     よってこれよりボート遊びを開催します!!

浅浪  :開催するほどのもんじゃねえだろ。

カガハル:部長にしちゃまともじゃないですか!!
     葵先輩! ボート遊びだそうですよ!
     一緒に乗りませんか!?

小川  :…………。

カガハル:せ、せんぱーい!
     まだお許しは出ないのですかー!!

篠原  :諦めの悪さだけは感心するよ、カガハル。
     きっと立派なストーカーになれるな。

カガハル:うるせえよ!

沢野井 :ふっふっふ! 諸君、注目したまえ!!
     この僕が企画する以上、ただのボート遊びになる
     などと思わないでいただきたい!!

木野瀬 :……一体なにをするつもりなんですか?


木野瀬くんの警戒心を一切隠していない声に、
部長さんはにやりと笑ってみせた。



沢野井 :チキチキ科学、
      あひるさんボートレース開っ催☆!!



右手の人差し指を上に、左手は軽く握って腰のあたりに、
なんだかかっこいいポーズを取って部長さんは湖に向かって叫んだ。

カガハル:な……なあ、チキチキ科学って……
     どんなレースなんだ?

篠原  :……本人に聞けよ。

カガハル:部長に聞くのが怖いからお前に聞いてんだろ!!

浅浪  :ほら、副部長。
     聞いてみろって。

木野瀬 :こんなときばっかり……まあいいですけど。
     あー……部長?

沢野井 :なんだね!? 木野瀬一輝くん!

木野瀬 :その……チキチキ科学というのは?

沢野井 :よくぞ聞いてくれた!
     さては気になって仕方なかったのだな!
     全くぅ素直ではないなー、木野瀬一輝くんは!!
     そんなに聞きたいのなら教えてやらないでもないぞ!?

木野瀬 :なんだこの気持ち……今、部長を、すごく殴りたい……。

小川  :ま、まあまあ、木野瀬くん。
     どういうことか話してくれるみたいだし。

沢野井 :このレースは、僕がここの貸しボート屋と結託して、
     秘密裏に用意した科学的機能を搭載した、
     試作あひるさんボートの試運転も兼ねているのだ!!

小川  :つまり……どういうことですか?

沢野井 :ふむ! ただのレースでは面白くないからな!
     この機能を使えばボートに搭載された僕の発明品によって、
     一発逆転も狙えるぞ!!

木野瀬 :部長の……発明品のテストもかねているのか……。

篠原  :確実に大惨事……運が悪ければ……。

沢野井 :おや、
     僕の実験が今まで失敗したことがあったかね?

木野瀬 :大体失敗してますよ!

浅浪  :よし、俺は辞退する!
     顧問の勤めとして
     教え子たちが立派に(天国へ)羽ばたく姿を見守っているからな!

篠原  :あの……今、小声で
     なにか言ってませんでしたか?

浅浪  :気のせいだ、篠原涼太くん!

篠原  :なんで部長口調……。

カガハル:と、とにかく俺も参加しませんからね!

篠原  :同意見。

小川  :あ、み、みんな、ずるい!
     私も……辞退したいのに……。

沢野井 :ふふふ。
     君たち、僕が用意した豪華賞品を聞いても
     そんなことが言ってられるかな?

浅浪  :……一応、聞いておいてやるけど、
     なんだよ、豪華賞品って。

沢野井 :それぞれに優勝賞品を用意した!!
     浅浪顧問にはこれ! かつて徳川家将軍をも唸らせたという
     幻の銘酒【刻死無双大吟醸亀甲七福 絶倒昇天】だぁあ!!

木野瀬 :なんですか、その壊滅的なネーミングセンスは……。

浅浪  :な、なんだと!
     一口呑めばあまりのうまさに天国に昇ってしまうと言われ、
     製造者が自ら封印したあの幻の酒か!?

沢野井 :そう!
     それをこの僕が!
     古くからの文献を元に再現したのだよ!!

浅浪  :沢野井製……だと!? ん?
     おいちょっと待て!
     酒の個人製造は免許がなけりゃ犯罪だろう!?

沢野井 :ふははは!!
     税務署から酒類製造免許はすでに受け取っている!!
     特例措置だそうだ!!

小川  :特例……部長さんって、
     本当に何者なんだろう……。

木野瀬 :考えるな。
     ザ・フィクションが人の形してるんだよ、あの人は。

浅浪  :沢野井が作った酒……。
     激しく嫌な予感が……呑んだら最悪死ぬかもしれない……
     いや、しかしそれでも、幻の酒!!
     うぉおおお! 俺はどうしたらいいんだぁああ!!

篠原  :その幻の酒とやらを呑んで、
     天国へ昇天したらいいと思いますよ?

 

篠原くんのにこやかな皮肉も耳に届かず、
先生は葛藤を続けている。

 

木野瀬 :でもまあ、未成年の俺たちには関係のない話だし、
     先生がひとりで張り切るのを、俺たちは遠くで見守っている
     という方向でまとまりそうだな。

小川  :うん、そうだね。

沢野井 :ふ……それは、どうかな?

カガハル:……ま、まだ何かあるんですか……。

 

部長さんのメガネがキラリと光る。
口元が引き締まり、目はわずかに細められた。

彼は雰囲気たっぷりに私たちを見回す。
まるでどこかの雑誌に載っている
ポーズを決めた俳優さんのようだ……。

 

木野瀬 :ま、まずい。みんな気をつけろ!
     部長がかっこいい顔になっている!!
     何かよからぬことを考えているぞ!!

沢野井 :そんなことを言っていいのかな、木野瀬一輝くん……。

木野瀬 :な、なんですか。

沢野井 :君への賞品には、特にぴったりのものを用意しているぞ。
     そう。書類を数枚……ね。

木野瀬 :……書類?

沢野井 :そう! 君はこれに覚えがないのかね?

部長さんが取り出したのは、古びた便せんだった。

木野瀬 :な……なんですかそれ?

沢野井 :わからないなら読み上げてみせよう!!
     【……愛とはなんだと思いますか。
      僕は君にあってからずっと
      愛の意味ばかり考えています。
      君の横顔を思い出すたび――】

木野瀬 :なぁああああああ!!



木野瀬くんが真っ赤な顔で声をあげ、
部長さんの言葉を遮った。


沢野井 :ふはははははは!! ようやく気がついたようだな!!
     そう! これは数年前、
     君がラブレターを書く際に使用した練習用の下書きなのだよ!!

小川  :ラブレターの下書き!?

カガハル:あの木野瀬先輩が!?

篠原  :果たし状の間違いじゃないんですか!?

木野瀬 :ぶ、ぶぶぶぶ部長!!
     な、なななななな! なんでそれを持ってるんですか!!
     てっきり紛失したものだとばかり思っていたのに!!

沢野井 :……わからないかね?


詰め寄る木野瀬くんに、部長さんは冷酷な笑みを向けた。


沢野井 :これは、君のお母上から、話のタネにと受け取ったものだ。

木野瀬 :お母上……って、母さん!?


木野瀬くんの顔がみるみる青ざめていく。


木野瀬 :う、受け取ったって……まさか!!

沢野井 :そう、そのまさかだ!!
     君が紛失したと思っていたラブレターの下書きとして書かれた
     恥ずかしい愛のメッセージの数々は、
     捨てるのも忍びないと君のお母上が大切にとっておいたのだ!!

木野瀬 :……なん……だと?

沢野井 :ちなみにその日のうちに家族中で回覧され、
     結果、家族会議により【そっとしておこう】
     という結論に至っている!!
     以来君は、家族の生温かい視線に見守られて生きてきたのだよ!

木野瀬 :そんな……バカな……。

木野瀬くんが力尽きたように、地面に膝をついた。

カガハル:こ……これは恥ずかしい……。

篠原  :僕が木野瀬先輩なら、耐えられないレベルですね……。

小川  :木野瀬くんのお母様……。

木野瀬 :お……俺は……この合宿が終わったら、
     どのツラ下げて家に帰ればいいんだ……。

小川  :あ、あの……木野瀬くん?
     えーとその……人を愛することは悪いことじゃないから……。
     えーと、恥ずかしくなんかないよっ! ねっ!


木野瀬くんの背中に声をかけるけれど、反応はない。
私の肩を、先生がポンと叩いた。


浅浪  :小川よ。
     これ以上あいつの傷を広げないでやってくれ……。
     こういう類の話はな、特に女子には聞かれたくないものなんだ。

小川  :そ、そういうものなんですか?

浅浪  :そう……男はいつだって、
     女の子の前では格好をつけていたいものなんだよ……。
     さあ、ここはお前にはふさわしくない。
     しばらく離れているんだ。
     そう、沢野井のアホの声が届かない範囲までな。

 

ものすごく悲しそうな表情でそう言って、私の手を取って歩き出す。

 

沢野井 :さあどうするのだね、木野瀬一輝くん!
     これを取り戻すには、あひるさんボートレースで
     僕に勝つしかないぞ。

木野瀬 :く……っ!!

カガハル:お、恐ろしい……恐ろしすぎるぞ、部長……。

篠原  :ほとんど脅迫じゃないか……
     性格最悪ですね、部長……。

沢野井 :ふ……カガハルくん!
     君も他人事ではいられないぞ!!

カガハル:なんですってぇえ! 俺にもなんかあるんすか!!

篠原  :なんてアホくさいやりとりなんだ……。

 

背後ではなにやら白熱した議論が開始されている。
私は声が届かない場所まで移動して、みんなを見守っている。

 

小川  :……なんだろう、昔こんなことがあったような気が……。

浅浪  :ああ、そういうのって【デジャヴ】っていうんだよな。

小川  :デジャヴ……ですか?

浅浪  :経験してるはずがないのに、
     前にも経験したことがあるって思うことだ。


先生が遠い目をして、みんなを見つめる。


浅浪  :なんつーか……すげえ、無駄なデジャヴだな……。


先生の言葉に、私は静かにうなずいた。
そしてしばらく時が経ち……。

 

 

沢野井 :それでは!! 改めまして……
      チキチキ科学、あひるさんボートレース開っ催します☆


カガハル・篠原・木野瀬:……お~……。

沢野井 :はっはっは!
     どうしたみんな!
     声が小さいぞ!?

一体どんなやりとりがあったのか、みんなはものすごく渋々だけれど、
あひるさんボートレースへの参加が決まっていた。

湖岸にはすでにあひるさんボートが準備済みだ。


沢野井 :諸君! ルールは簡単だ!
     3組に別れ、2人乗りのあひるさんボートで勝負。
     この中の誰かが僕より早く向こう岸にたどり着けば勝ちだ!!
     賞品を廃棄するもありがたく頂戴するも君の自由!!
     ちなみに!
     僕が勝てば、賞品とそれにまつわる秘密をどうしようが僕の自由だ!!
     校内放送で大々的に発表することも可能!

木野瀬 :カガハル! 絶っっっっっっっっっっっっっ対に!!
     勝つぞ!

カガハル:はい! 先輩!

 

……木野瀬くんとカガハルくんの気持ちが、今までにないほどシンクロしてる。
ような気がする……。

 

篠原  :全く、くだらないことに巻き込まれたな……。

小川  :でも……篠原くんも参加するんだね。

篠原  :木野瀬先輩とカガハルがあまりにも不憫なので参加することにしました。
     人数は多い方が、勝負には有利でしょう。

小川  :カガハルくんにも何か公表されたくない秘密があるのかな。

篠原  :あったみたいですよ。
     この合宿の宿を決める際に妙な下心が。

小川  :妙な……下心?

カガハル:さぁああ! 始めましょう部長! 一刻も早く!

 

さらに言葉を続けようとする篠原くんの腕を取って、
カガハルくんがあひるさんボートに走る。
どうやらペアはすでに決まっているみたいだ。

浅浪先生と部長さんペア。
カガハルくんと篠原くんペア。
そして木野瀬くんと私のペア。
私たちは次々とあひるさんボートに乗り込んだ。

 

カガハル:ぜってぇ負けねぇ!!

篠原  :というか先生、あなたが手を抜けば
     万事丸く収められるのでは?

 

隣合うボートから顔を出し、篠原くんが先生に声をかける。
けれど先生は悲しそうに首を横に振るばかりだった。

 

浅浪  :悪いな……最低な教師だとののしってくれても構わない。

篠原  :え? かなり前から最低だと思ってますが。

浅浪  :俺は!
     何を犠牲にしても幻の酒が呑みたい!!

篠原  :ああ、はい。
     予想と寸分違わぬ回答、ありがとうございます。

カガハル:うぁあああん!!
     生徒のことより酒のことかよ!
     くっそー、こうなりゃヤケだ!
     絶対勝つ!!

篠原  :無意味に高いその運動能力がやっと役に立つな。

カガハル:篠原うるせぇ!!

 

そんなやりとりを横目に、私と木野瀬くんもあひるさんボートの席に着く。
あひるさんボート初体験の私としては、水の動きに合わせて揺れる感じが
とても新鮮で面白かったのだけど……。

木野瀬くんはギュッとハンドルを握りしめて、
眉をひそめて空を睨みつけている。
彼のことをそれなりに知っている私でも、さすがに少し怖い表情だ。

 

小川  :き、木野瀬くん?
     お遊びなんだから、そんなに思い詰めずに……。

木野瀬 :人には……どうしても負けられない戦いってもんがあると思う。

小川  :き、木野瀬くん?

木野瀬 :そして今が、その時だ。
     どんなに理不尽でも、戦わなきゃいけないときなんだ。

 

静かな声だった。
私は今まで、彼の、ここまで真剣な表情を見たことがない。
彼の言葉に私は小さくうなずく。
きっと今は彼にとって、
生きるか死ぬかに関わるような重大なことなのだ……たぶん。

 

小川  :私もがんばるね。木野瀬くんの秘密を守るために!

 

木野瀬くんはものすごく複雑そうな顔をしつつ、うなずいてくれた。

そんなわけでレースの幕は上がった。
貸しボート屋さんの旗振りを合図にスタートダッシュを切ったのは、
木野瀬くんとカガハルくん。

 
 

木野瀬 :うぉおおおおお!!
カガハル:だりゃぁあああ!!


 

そんな怒声を静かな湖畔に響かせながら湖をばく進していく。
周りに人がいなくてよかったなあと思いつつ、
私も及ばずながら一生懸命ペダルをこいだ。

ゴールまで半分の距離を消化し、このままいけば
無事部長さんに勝つことができると思われたその時、事件は起きた。

 

沢野井 :ふはははははは!!

 

スピーカーでも使っているのか、
ヒーローものの悪の大幹部さながらの高笑いが湖に響いた。

沢野井 :無駄なあがきご苦労諸君!!
     ピンチの際には、ハンドルの下にある【沢野井ボタン】押すといい!
     僕の発明品が火を噴くぞ!!

木野瀬・カガハル:絶対使わねぇえええ!!


2人の絶叫が湖畔に響き渡る。


沢野井 :ふ……本当は押したいくせに、とんだひねくれ屋さんだな……
     ではそこで目をこらして見ているがいい!
     偉大なる……科学の力を!!


言い終わるや否や……カメラのフラッシュを何万倍にしたかのような閃光が、
後方から襲いかかる。


小川  :な、何!?

思わず、疾走するあひるさんボートから身を乗り出して、後方、
部長さんのボートがあるあたりを確認する。
私はそのまましばらくの間、声が出なかった。

小川  :き、き、木野瀬くん!?

木野瀬 :悪い! 今話しかけないでくれ!!
     勝負に集中したい!!

小川  :で、で、でででででも、部長さんの発明品が火を噴いてるよ!?

木野瀬 :だったらなおさら、集中しねえと!

小川  :違うの、違うの木野瀬くん!
     ほんとに『火』を噴いてるの!!

木野瀬 :ど、どういう意味だよ。


木野瀬くんはペダルをこぎながら後方を確認し……ペダルをこぐ足が止まった。


木野瀬 :……あ、あひるが空飛んでる……。


そう、あひるさんボートは部長さんの宣言通り、火を噴いていた。
……これは……なんと表現すべきだろうか。

あひるさんボートの船体から飛行機の翼のようなものが伸び、後方から火を噴いて、
水面すれすれをものすごいスピードで飛んでいく。

沢野井 :ふははははは!! 見よ!
     陸海空に対応、更には全天候型適応の推力増加装置を搭載!
     全人類を置き去りに、その彼方へと突き進む勇猛果敢なその姿!!
     その名も!
     『サワノイダー・アッヒル』!!

小川  :ま、漫画みたい……。

木野瀬 :部長自体が漫画の登場人物みたいだからな……。


私たちが呟いている間にも、
空飛ぶあひるさんボートは空を切り裂いて私たちに追いつき。


浅浪  :たぁあすけてええええぇぇぇぇぇ――!!

 


先生の絶叫にドップラー効果を加えながら、
一瞬で遙か前方へ。

 


そして……。

爆発した……。


小川  :ば、爆発しちゃったね……。

木野瀬 :また爆発オチかよ……。


部長さんの発明品に関わると大体8割くらいの確率で、爆発で終わる。
科学部ではこれを【部長とオチの法則】と呼んでいる。
私と木野瀬くん、そして先生が。

部長さんとの1年間で学んだ、最も重要な法則のひとつだ。

 

 


【カガハル 人生最大の事件】

まずは、あひるさんボート事件の顛末から語っておこう。

あひるさんボートの爆発に関しては、幸いけが人も目撃者もなく、
部長と先生の頭がアフロになる程度の被害ですんだ。
もちろんその後、部長は先生に、


浅浪  :し、し、死ぬかと思ったぞ! ちょっと涙出ちゃったぞこの野郎!!


なんて長々と説教を受けていたけれど、
部長が幻の酒を献上することによって、
話は丸く収まったようだ。

先生……それでいいのか、教師として……。

まあ、そんなことはどうでもいい。
俺にとっての本番はここから始まる。
俺は現在、浴衣姿で旅館の風呂場の前に立っている。

看板には混浴、と書かれている。


カガハル:混浴……か……。


親愛なる読者諸君。

ご存じだろうか、古来よりラブコメでは、旅行、温泉と言えば、
混浴という素敵舞台が用意されるという【お約束】を。


けして他意はないのだ。


たまたま予約した宿に、時間によって混浴になる露天温泉があったのだ。
けして……けして!!
混浴がある旅館を選んだわけではないのだ!

混浴……ひょっとしたら葵先輩と温泉で鉢合わせ……などという!!
素敵シチュエーションが!!

万が一にも起こるかもしれないからなんて不純な動機で!!
この旅館を選んだわけではないのだっ!!!!


ピュアラブ、ピュアハートの化身とも言えるこの俺、
加賀 陽が!!


葵先輩と温泉で背中合わせになったりなんかして!!
二人きりで頬を赤らめてお話したりなんかして!!
段々と近づく心の距離……!!
いつしか先輩は俺のことを、親しみを込めて【陽くん】と呼んでくれる……!!

そんな想像を!!
していたわけではない!!
断じて!! 断じてっっ!!!!


とにかく俺は、ネットで【混浴】の2文字を確認した瞬間、
ただ無心で、予約の電話をかけていた。

幸いなことに、この旅館の客は現在、俺たち科学部だけだ。
これでのんびりと先輩との素敵シチュエーションを……
いやいや、のんびりと温泉を楽しむことができるというもの。

などと考えつつ、俺は緊張しながら脱衣所へと足を踏み入れた。
独特の湿気のある空気が俺を包む。
木板を踏みしめ周囲を調べるも、無人。

温泉の方も、一応確認。
湖岸を一望できるいい眺めだ。
こちらも無人。


残念……。


いやいや!!
残念ということはない!
ないけれど……!!

でもまあ、少しほっとした。

俺は息をついて、浴衣を脱ぎ、温泉に向かった。
まあ正直なところ、葵先輩が入ってきたとして、
どう対応していいのかなんてわからない。

そもそも、俺は今、
不用意な発言から先輩を怒らせている最中だ。

こんなところでもし鉢合わせなどしたら、
先輩は俺を嫌いになってしまうかもしれない。


それは困る!


俺は先輩の心の支えになりたい。
先輩にたくさんたくさん、幸せになってもらいたいんだ。
先輩に嫌われたいわけじゃない。

そう、だから結局、これでよかったのだろう。

気分を切り替えて身体を洗い、待望の温泉へ。
足が湯についた瞬間、痺れるような熱さに足を引っ込める。

少し驚いたけれど、今度は覚悟を決めて、
ゆっくりと足を入れ、身体を沈めていく。


カガハル:ふいー……。


なんだか年寄りくさい声が出る。
やだやだ、これじゃあうちの顧問みたいじゃないか。

でもまあ、当然か。
さっきのあひるさんは、全力だったからなあ。

合宿にこの旅館を選んだときの動機を葵先輩にばらすなんて
言われちゃ、参加しないわけにはいかねえし。

っつーか脅迫じゃん!! くっそー部長め。
なんであの人は悪ふざけのときばっかり、
バカみたいに頭がよくなるんだ。

まあ、でも葵先輩の言葉じゃないけど……なんだかんだで楽しいから、
まあいいかって思っちゃうんだよなー。

そんな風に甘やかしてるから、
また部長が調子に乗るってわかってるはずなのに……。

それにしても、すごい湯気だな。
ほとんど前が見えやしない。

 

ん、脱衣室から物音?

 

誰か入って来たのか?

客は俺たちだけだから……他の人ってことはありえないよな。
部長とかだったらやだなー。
せっかくのんびり風呂につかってるのに……。

ん……あの……湯気の向こうに見える人影……は……。
あ、あの、背丈、あのシルエットはまさか……!!


カガハル:あ、ああああ、葵先輩!?


思わず声が漏れ、俺は慌てて自分の口をふさいだ。

絶対に先輩だ……。

この愛に溢れるカガハル・アイが
先輩の麗しいシルエットを見間違えるわけがないのだから!!

ああ、身体を洗う優雅な水音がする……。
この湯気の向こうで先輩が身体を洗っていらっしゃるというのかっ!!

手を伸ばせばそこに一糸まとわぬ先輩が……。
いや、落ち着け……落ち着け俺。

こんなときこそクールかつエレガントかつジェントルメンでいなければ、
女神のような先輩を幸せにするなど夢のまた夢だぞ……。


第一、見つかったらどうなる……?


冷静に考えればまず間違いなく怒られる。
怒った先輩はかなり怖い。そう、かなり怖いのだ!!


どうしよう!


不用意な発言によって先輩のご機嫌を損ねてしまったというのに、
こんなところで鉢合わせたら、
いくら寛大な先輩でも俺を嫌いになってしまうかもしれない!!


いや、それどころの話じゃない!


繊細で奥ゆかしい先輩のことだ、
己の肌を人の目にさらしたと知れば、
ショックで死んでしまう!


そんなの嫌だ!


……よし、方針は決まった。
先輩に気付かれずにここを去る。
それが誰もが幸せになる道……。

そう、それこそが正しきDESTINY……。

……俺は何を言ってるんだ。
焦りすぎてわけがわからなくなってるぞ……落ち着け。

さて……先輩は……、
どうやらこちらには気がついてないようだけど。
気がつかれたら、あらゆる意味でジ・エンドだ。


俺……超ピンチじゃん!!


カガハル:なんてこった……こんなところで、先輩と出会うなんて。
     まさか妄想が本当になってしまうなんてっ!!


囁きつつ、俺は周囲を確認する。
この温泉の構造上、湯に入るとすれば、
まず最初にこの辺りにいらっしゃるはず。

まずは先輩に知られることなく手早く死角に隠れなければ!!
とかなんとか考えているうちに、湯気の向こうから白い足が姿を現す。

なんという……初雪のような純白の肌……。
そしてすらりとした足首……女神だ……
って違う!! 早く隠れなければ!!

理性の力を総動員して視線を引きはがし、
音を立てないよう、温泉の岩陰に隠れる。

それとほぼ同時に、先輩が湯につかる音がする。
さすが先輩だ、お湯につかる音さえ優雅……。

 

しかし、これからどうする?

 

この場所から脱衣所に脱出するためには、
先輩のいる場所を通らなければいけない……。

いや、岩の上を伝っていくなら、
うまくいけば先輩に見つからずにすむかもしれない。


しかし待て! 万が一先輩が視線をこちらに向けてきたらどうなる!

そこにはタオル一枚腰に巻いて、
猿のように岩をのぼる俺の姿が……。

……ダメだ。
どう考えても変態だ。
警察を呼ばれてしまう。

じゃあ待つのか、先輩が上がるのを待つのか?

いや、待て。
俺、もう結構湯につかってるぞ。
のぼせるんじゃないか……?


カガハル:く……どうあがいても絶望じゃないかっ!


思わずかすかに声が出てしまった。
先輩に、聞かれてしまっただろうか……。
岩陰から顔を出し、状況を確認する。


カガハル:――!!


先輩のシルエットがゆっくりとこちらに近づいてくる!
俺は岩陰に引っ込み、息すら止めて、
先輩がこれ以上近づかないことを祈る。

水音がゆっくりゆっくりと近づいてくる。

そして、今ちょうど、
俺の隠れる岩の前で止まった。

先輩はそこでくつろぐことに決めたようだ。

なんということだ。
今、俺と先輩の間を隔てているのは岩ひとつだけ。
胸に手を当て動悸が収まるのを待つ。

これで完全に行動の自由はふさがれてしまった。

ふふ……ふふふ……わかりましたよ先輩……。

こうなれば我慢くらべだ。
俺の愛の深さ! 見せてやりますよ! 先輩!!

 

…………。

……。

 

20分経過……。

 


け、結構ゆっくりつかる派なんだな……先輩……。

ゆっくり風呂につかると美容にいいって聞いたことがあるな。
そうか、先輩の美しさの秘密のひとつは、長風呂にあったのか……。

 


30分経過……。

 


く……だ、ダメだ、頭がくらくらしてきた……。
もう、先輩に事情を説明してしまおうか……。

い、いやダメだ。

この状況で先輩が俺の姿を見たら、
先輩はきっと俺を変態だと思う。
いや、それ以上に先輩は恥ずかしさで消えない傷を
心に負ってしまう。

それだけは、このカガハルの男の意地に賭けて、絶対に避けなければいけない。

 


…………。

……。

 


40分経過……。

うぅ……、
いい加減つらい……!
俺はここで死んでしまうかもしれない……。

いや……でも、それでも……。

 


…………。

 


??? :陽……?

ああ、遠くから、
天使のような葵先輩の声が聞こえる……。

??? :陽……ハル?

ふふ……そうか、俺にもついにお迎えが。

カガハル:先輩……最期に伝えたいことが……。

??? :か、カガハル!?
     どうしたんだ!
     顔が真っ赤だぞ!? おい、しっかりしろ!

カガハル:先輩……こ、心の底から、ありがとうを……。

 

 

そこで、俺の意識は途切れた……。

…………。

……。

 

 

カガハル:はっ!!

目を見開けば、脱衣所の天井が視界に入ってくる。
気がつくと俺は浴衣姿で、
脱衣所の長いすに寝かされていた。

扇風機の風が、火照った身体に気持ちいい。

 


篠原  :やっと起きたか……。

 


不意に聞こえた声に顔を上げると、
すぐそばの椅子に浴衣姿の篠原が座っている。

カガハル:し、篠原!? なぜここに!?
     はっ……いけない! ここから出るんだ!
     ひかえろ! ひかえろー!
     先輩が入浴中であらせられるぞ!!

篠原  :どこのご老公だ。


篠原は忌々しいため息をひとつついて立ち上がった。


篠原  :先輩って、小川先輩のことか?
     さっきまで僕も温泉に入ってたけど……
     僕とお前以外、誰もいなかったぞ。

カガハル:な……なんだと!! これは一体……
     そ、そうか! 先輩ほどのお方になると
     正直者にしかその姿が見えないのか!?

篠原  :のぼせ過ぎて脳細胞までやられたのか?
     元々人より怠け者の脳細胞が、
     これ以上働かなくなったら……。

カガハル:うるせぇよ!
     なんだそのかわいそうなものを見る目は!!


俺は小さく息をつき、身体を起こす。
途端、だるさと頭痛がやってくる。

世界が突然、自分を中心にしてグルグルと回り出したかのようだ。


カガハル:き、気持ち悪い……

篠原  :のぼせて今まで横になってたんだ、突然動けばそうなる。
     もう少し寝てろよ。
     湯あたりも度が過ぎれば危険なんだ。
     もう少し放っておいたら、死んでたかもしれないぞ。

カガハル:……まあ、【僕はもう疲れたよ】的な天使の姿は
     若干見たような気がする……。


篠原の冷たい声にしぶしぶ従い、
もう一度身体を横たえたとき……。
俺の鍛え上げられた推理力が、真実の一端を掴んだ。

あの場には先輩がいなかった。
そして代わりに篠原がいた。

どうやら篠原がのぼせた俺を助け出したようだ。
この間、温泉には俺たちふたりしかいなかった。

さらに……俺が意識を失う寸前に聞こえたあの声……
よくよく思い出してみれば、
忌々しい男の声に似ていなかったか……。

これら全ての要素から導かれる真実はたったひとつ!

 

カガハル:俺が、この俺が!!
      よりにもよって篠原と葵先輩を見間違えただと……!!

 

俺は思わず額に手をやった。

 

カガハル:なんてこった……俺の愛は……
     こんなにも、浅いものだったのか……。

篠原  :お前はさっきから何を言ってるんだ。
     そしてなんで泣く……。

カガハル:う、うるさいな!
     俺の命を賭けた愛がこの程度では……
     先輩を幸せにすることなんてできないっ!

篠原  :……なんだかわからないけど、まあいい。
     これだけ喋ることができるなら大丈夫だろ。
     僕はもう行くからな。

カガハル:ま、待て、篠原!!

篠原  :なんだ……。

カガハル:ひとりで帰れる自信がねぇ。肩貸してくれ。

篠原  :体調が戻ってから部屋に帰ればいいだろ。

カガハル:そんなの嫌だ!
     俺はこの合宿を葵先輩と共に、
     120%楽しむつもりなんだからなっ!
     だから肩を貸してくださいお願いします!

篠原は脱力したように、ものすごく深いため息をついた。

 

 


【サマー枕投げウォーズ】

私たち科学部の合宿は、旅館に戻ってもハプニング続きだった。

旅館に戻って一休みしていたとき――。
ものすごく不機嫌な顔の篠原くんが、
のぼせきったカガハルくんを引きずって部屋に戻ってきたり……。

その後、私も浴場に向かって、温泉を思う存分満喫したり。
(直前まで混浴だったので、しばらく我慢していた)

それから、食事もおいしかった。
木野瀬くんは、仲居さんと、
ものすごく専門的な料理の話なんかをしていた。

最後には料理長さんまで出て来て意気投合、
2人連れだって調理場へと消えていった。


食事中にも色々なことが起きた。


そばにあったカラオケの機械で、
おもむろに部長さんが歌い出し、あまりに美しい歌声に、
最後には旅館にいる人々全員が部長さんの歌を聴きに来て
ミニ・リサイタル状態になる一方……。

浅浪先生は、部長さん特製のお酒【刻死無双大吟醸亀甲七福 絶倒昇天】を
呑もうか呑むまいかずっと悩み続けている。

よく知っている仲間たちと、普段と違う場所にいるというだけで、
なんというのだろう、意味もなく騒ぎたくなるような高揚感があった。

食事をしながらみんなの顔を見れば、
口論したり、歌ったり、うなったり、
それぞれ色んなことをしているけれど……。

でも、ふとした瞬間に笑顔になる。
みんな楽しそうに笑っている。
きっと私も楽しそうに笑っていると思う。


そして時は経ち――。
眠る時間さえ惜しかった私たちは、
誰からともなく枕投げをやろうと言いだし……。
現在……。

カガハル:く……き、木野瀬先輩! 俺の仇を……あの化け物を止めてくれ……。

カガハルくんが、力尽きたように布団の中に倒れ込んだ。

木野瀬 :カガハル……お前の想い、確かに受け取った……。

小川  :あ……あの、木野瀬くん? あまり無茶しないでね?

木野瀬 :ああ、わかってる。
      俺の身体を、心配してくれてるんだな。

小川  :いえあの……木野瀬くんの身体が心配というか、
     部屋の備品が壊れたりしないか心配というか。

 

木野瀬くんが私を振り向き、ぐっと親指を立てて見せた。
なんだかわからなかったけれど、雰囲気に呑まれて、
私も親指をぐっと立てて見せる。

 

木野瀬 :さあ、来い! 部長!!

沢野井 :ふ……この僕に……枕投げで戦いを挑むとはいい度胸だ。
     だが、君は知るべきだろう。勇気と無謀の違いを……そして!
     気持ちの強さだけではけして超えられない壁があるということを!!

浅浪  :お、おい! 沢野井!?
     なんだそのランチャー的なものは!!

沢野井 :よくぞ聞いてくれた浅浪顧問! これぞ!
     【多段式枕投げランチャー エクスペリエンス】だ!!

浅浪  :やっぱりランチャーなのかよ!!

沢野井 :ふ……この圧倒的科学力の前にいつまで立っていられるかな!!
     さあ篠原くん! 血塗られた戦いの始まりを告げたまえ!

篠原  :アホくさ……。

 

篠原くんのうんざりした声と共に、
2人は動き出す。

部長さんがバズーカの引き金を引いた瞬間、
高速で枕が撃ち出される。
空を切って木野瀬くんに迫る枕。

しかし木野瀬くんは迫る枕に枕を投げつけ、
2つの枕は布団の上に落ちた。

 

沢野井 :相殺だと!?

木野瀬 :部長! あんたは間違ってる!
     人の可能性をあまく見るな!
     諦めなければ光は見えてくるんだ!
     あんた本当に絶望を知ってるのかよ!
     それは本当に絶望なのか!! 目を覚ますんだ部長!
     さあ、いい加減始めようぜ、本当の戦いってやつを!

沢野井 :――えぇい! 黙りたまえ!!
     セリフが長いぞ!! 木野瀬一輝くん!!
     そして君はなんだかんだで、こういったノリが大好きだな!
     高校生にもなって恥ずかしくないのかね!

木野瀬 :少なくとも、部長に恥ずかしくないか、とか
     言われたくないですよ!

 

再び部長さんが引き金を引く。
木野瀬くんが上半身を大きく反らしてそれを避ける。
枕がふすまに穴を開け、先生が悲鳴を上げる。

枕が飛び交い、離れたところで本を読んでいた篠原くんに当たった。
この恨みは絶対に忘れませんから……! と篠原くんも参戦。

死んでいた(設定?)のはずのカガハルくんもよみがえって戦いだし、
そして争いを止めさせようと先生まで枕投げに参加、混乱は頂点に。

私も段々楽しくなってきて、
先生に代わってみんなの姿を撮影したり応援したりしていた。

そう、その日の枕投げは、激怒した旅館の管理人に
全員揃って怒られるまで続いたのでした。

 

 


【湖底の星】

その夜……さすがに男の部屋で雑魚寝と言うわけにもいかないからと、
私はひとり、個室に戻された。

静かな部屋で最初は、
虫の音に耳をすませながらもなんとか眠ろうとしたのだけれど、
合宿での興奮が身体を去らないのか、いつまでも寝付けずにいた。

窓から入る月明かりは、とても明るく涼しげだ。

夜の湖はさぞ綺麗だろう。
そんなことを考えて、私は部屋を出た。

旅館を出て少し歩き、茂る木に覆われた小道をくぐるように歩けば、
すぐに砂浜に出る。


昼間、木野瀬くんたちが泳いでいた砂浜だ。


三方を木々に囲まれた、まるで秘密基地のような小さな砂浜は、
冷たい月明かりに白く輝いていた。

風はなく、湖はわずかに揺れながら空を映す巨大な鏡のように、
その水面に月と星々を映している。

ここはとても美しい場所だな。
そう思いながら小さく息をついたとき。

人影に気がついた。
私たちの泊まっている旅館の浴衣を着た、見知った人影だ。


小川  :……部長さん?


声をかけると、彼はゆっくりと振り返る。


沢野井 :おや……小川葵くんではないか。


部長さんはそう呟いて、少し微笑んでみせた。


沢野井 :どうしたのかね。こんなところで。

小川  :少し眠れなくて……部長さんは?

沢野井 :僕も同じだ。眠れなかったのだよ。
     先ほどの枕投げが楽しすぎたのが原因かもしれない。
     まあ、怒られたがな。

小川  :私もちょっぴり楽しかったです。
     怒られましたけど。


そう言って顔を見合わせ、私たちは笑い合った。


小川  :部長さん、今回はありがとうございました。

沢野井 :ん? 何がだね?

小川  :こんな素敵な場所を紹介してくれて。

沢野井 :ふむ……。
     それなら、僕の父と母に感謝してくれたまえよ。

小川  :そう言えば、小さな頃、
     家族に連れられて来たって……。

沢野井 :そうだ。ここはな、父と母の思い出の場所なのだそうだ。
     ほら、まるで星々が湖に沈んでいるようだろう。
     そう父が自慢げに話していたことを、今でもよく覚えているよ。


部長さんはわずかに目を細める。
それは優しく、同時に寂しそうな表情だった。

森からはわずかに虫の音が届いた。
湖から水音がする。

耳をすませばここは音に溢れているのに、なぜかとても静かだと感じられた。


沢野井 :まだ僕が生まれる前。
     この場所は2人とも気に入っていたようでな。
     何度も旅行に来たのだそうだよ。
     そしてある年の夏、この場所で、2人は永遠の愛を誓ったのだという。

小川  :ここで……永遠の愛を。

沢野井 :ふむ。【永遠】などという言葉は非科学的に聞こえるかもしれない。
     時が進み続ける限り、
     生きているものはいつか死ぬのだからな。
     永遠に残るものなどこの世界に存在しない。
     実際、元々身体が丈夫ではなかった母は僕を産んですぐに……。


部長さんは、そこで考えるように、一度言葉を切った。


沢野井 :だが……【永遠】という言葉に託された強い気持ちは、
     何者にも否定できないと僕は思うのだ。
     【永遠】などないと知りながら、
     全ては流れる時の中で失われていくとわかっていながら、
     それでも【永遠】を誓うその気持ちは間違いなく正しいものだ。
     ここで誓い合った心の結びつきの先に、僕という生命がいる。
     そう考えると、なんだかとても、素敵なことだと思わないかね。

小川  :……はい。素敵だと思います。


沈黙の後で私はうなずき、部長さんは少しだけ笑った。


沢野井 :君とは科学的な感性がよく合うな。

小川  :科学的な、というところはよくわかりませんけど……
     そうかもしれませんね。

沢野井 :ときに小川葵くん。

小川  :は……はい。

沢野井 :今ここで、
     僕に永遠の愛を誓ってみてはくれないかね。

小川  :えぇ!!



唐突な申し出に驚いて、改めて部長さんを見返す。
部長さんは真剣そのものの表情で私を見つめていた。

月の光は部長さんの端正な顔を照らし、
その表情にどこか神秘的な彩りを添える。

私は言葉を失って、ただただ、その美しい顔を見つめていた。
普段の言動からは想像できないくらい、大人びて、悲しい表情だ。

部長さんはやがて微笑んでみせた。



沢野井 :いや、すまない。小川葵くん。
     困らせてしまったようだな。

小川  :いえ……そんなこと。


ふと、その場の緊張が緩んだ気がして、私は小さく息をついた。


沢野井 :この場で永遠を誓ってもらえれば、
     少しは彼らの気持ちが理解できるかと思ったのだが……。
     そんな話に君を巻き込むのは間違っているしな。

小川  :私はまだ……永遠の愛を誓える気持ちというのが
     よくわかっていないと思います。

沢野井 :僕もだ。
     そこまで前向きにはなれずにいる。


しばらくの間私たちは黙って、湖を見つめた。
湖はどこまでも静かで、綺麗な星空をその湖面に映している。


沢野井 :僕は時々不思議に思うのだよ。

小川  :何がですか?

沢野井 :永遠が存在せず、全てが例外なく時の流れに失われていくのなら、
     我々がここにいる理由とはなんだろうな。
     明日に希望を持って、前を向いて歩いて行くことに、
     意味などあるのだろうか。


独り言のような部長さんの声はあまりにも小さく、
虫の音や水音に、溶けるように消えていく。

部長さんの言葉は、まるで私の言葉のように思えた。
部長さんが投げかける問いへの答えを、私は持っていなかった。

むしろ私こそ、その答えを欲しているのかもしれない。

この合宿での思い出も、私や部長さんが科学部にいたということも、
科学部そのものさえ、過去になって消えていく。
これからもずっとそういうことの繰り返しなら、
私たちはどうやって、明日に希望を持てばいいのだろう。


沢野井 :父さんと母さんは、どのような気持ちで、
     ここで【永遠】を誓い合ったのだろうな。
     僕にはまるで、理解できないのだよ。


部長さんの言葉が、あまりに寂しそうだったからなのか、
不意に、寂しい気持ちが込み上げてくる。
あとは2人とも黙って、
長い間湖の中の星々を見つめた。

水面が揺れるのと同時に、幾多の星が揺らめいた。

不確かで、手を伸ばしても触ることのできない無数の輝きは、
まるで私たちが失ってきた過去の思い出たちのようだ。


沢野井 :僕はな、小川葵くん。


部長さんはぼんやりと呟いている。


沢野井 :湖に映る星をすくい取ろうと試行錯誤するような、
     愚かしい日々を重ねてきたのだよ。
     間違っていると知りながら、それを手に入れるために
     あがき続けてきた。

小川  :……部長さん。

沢野井 :時々、たまらなく苦しくなるのだ。
     息もできなくなるほどに、たまらない焦燥に駆られる。
     何と戦っているのか、誰に拳を振り上げればいいのか、
     どこへ行こうとしているのか、目指す先に何があるのか。
     全てがあやふやで、よくわからなくなる。


部長さんは苦しみに喘ぐようにそんな言葉を吐き出した。

私には部長さんの言葉の意味が全くわからなかった。
けれどその震える声には、深い悲しみが満ちているような気がしていた。

これもデジャヴと言うのだろうか。
心の底に眠っていた、思い出すこともできないかすかな記憶の断片が震えて、
私に何かを訴えかけてくる。


沢野井 :いつか僕は……父や母と同じように、
     やがては全て、時の彼方に失われるとわかっていながら、
     【永遠】を言葉にすることができるのだろうか。


私は衝動的に部長さんの手を握った。

なぜか、そうしなければ、
部長さんが遠くに行ってしまうような気がした。


小川  :きっと……大丈夫です。


何もわからずに、私は言っていた。


小川  :部長さんなら、どんなことでも乗り越えていけます。
     私が、保証します。


無責任な言葉だとは、我ながら思った。けれどそれは正直な気持ちでもあった。
部長さんは驚いたように私を見て、それから微笑んでみせる。


沢野井 :……ありがとう。小川葵くん。


部長さんは優しく私の手を握り返して、
しばらくの間、そのままでいた。

水音が聞こえていた。
空には星が満ちている。

虫の鳴く声は絶えることなく、
月明かりは悲しくなるほど全てを美しく照らし出している。

昔ここで、部長さんのご両親が【永遠】を誓い合った場所は、
息をのむほど綺麗で、それが私にはなんだかとても
嬉しいことのように思えた。

ぽつぽつと部長さんは色々なことを話してくれた。

それらは難解な科学用語に満ちていて、
私にはほとんど理解できなかった。
けれど、それでも私は満たされた気持ちでいた。

初夏の、合宿中での出来事――。

 


今この瞬間さえもいつか思い出になって、
時の彼方に埋もれて消えていくのだとしても……。

ここでこうやって、部長さんと一緒に湖を見ているという事実は、
私にとってとても素敵な出来事だったと断言できる。

そんな気がした。



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第2回ss募集企画作品はいかがでしたか?

気の合う仲間同士で楽しく合宿!
ボート競走。
温泉。
枕投げ。
そして夜の湖畔の涼しげな雰囲気。

楽しくあり、切なくあり……
科学部の合宿は楽しんでいただけましたか?

――以上が、第2回ssでした!
素敵な提案をしてくれた皆さん、ありがとうございました!


そして……
いよいよss最終回となってしまいますが……
来週掲載、ss企画第3回を飾る作品を発表させていただきます!!

ss企画第3回を飾る作品は…………っ!kokuti2.jpg
提案してくれたのはPN『みく』さんです。


☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆

「科学部に入ったこと……少し後悔してます」

ループの調査中、雨に降られた二人はバス停で雨宿りをすることに。
屋根を叩く雨音に包まれながら、少しだけ距離を縮める二人。

甘酸っぱく、どこか切ない、
雨が降り、雨が止むまでの小さな物語。

☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆




ss企画最終回となる第3回は 『雨宿り』。
今回のssは人気投票にて1位を獲得した、
篠原のソロシナリオ。

あと、こちらは
他1回・2回のボリュームから変更し、
いつも通りの分量に調整いたします。

大ボリュームを期待していた皆さんごめんなさい……ご了承くださいませ。
でも必ず皆さんに喜んでもらえるような、内容に仕上げますからね!

いよいよ募集企画ssも最終回となりますが、
最後までお楽しみに!
以上、ssコーナーでした!


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さて、本日のブログ。
楽しんでいただけましたでしょうか?

なんてゆーか……
ブログ2:ss8な割合でしたけども、
最後まで読んで頂ければ嬉しく思います。

ssの感想もいつもありがとうございます。
スタッフ一同、
とても励みになっていますよ。

次回のブログも皆さんに満足していただけるよう、
精進していこうかと――あ、ss大増量は今回限りですけどね(笑)

 
 


さて、今週のブログはここまで!
それではまた次回、皆様とお会いできることを願いまして――。


―ジョーでした。







 

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